【短編】異世界『添い寝』屋 ~タバコで死んだおっさんは、男性の少ない貞操逆転世界でタバコを吸う~

荒木どーふん

短編 異世界『添い寝』屋



 異世界転生した。

 いや、転移だろうか?

 若返ってるしな。どう見ても二十代だ。


 確認しよう。

 俺の名は夢見カケル。五十二歳だった。

 タバコの吸いすぎで、肺がんで死んだ。


 病院で肺が壊れて、呼吸不全で呼吸器も役に立たなくなった、あの苦しさを忘れない。

 けれど、俺は今、生きている。


 二十代みたいな若い肌で、ファンタジーみたいな見知らぬ街に立っている。

 ヤニの染みついた、ガサガサの栄養不足の荒れた指じゃない。

 張りのあるみずみずしい肌の腕だ。どう考えても若返ってるな。


「ステータス」


 ステータスは出なかった。でも、代わりに能力が頭の中に浮かんできた。

 ――『火炎魔法』『薬物万能生成』


「そうか。なら、やることは一つだな」


 俺は『タバコ』を生成し、小さな火魔法で火をつけた。

 タバコだって薬物だ。毒物だけどな。


 俺は煙を吐きながら、異世界の街並みをだらしなく歩き始めた。

 この世界は、禁煙区域がなさそうなのが良い。


「……この世界、やたら美女が街を歩いてるな」



*********



「カケル。仕事だ、お客さんだよ」


「ありがとう、女将さん」


 この世界に来てから数週間、俺はとある宿屋に転がり込んでいた。

 宿屋を間借りして、ある仕事を始めている。


 この世界は女性が多く、男性が極めて少ない。

 比率は10対1だ。女性が主役の世界なんだ。


 俺の仕事は、この世界じゃ、思ったより需要のある商売だ。

 今日のお客さんは、牛人族の若い娘さん。

 戦士職なんだろう、体中に傷跡の見えるその娘は、緊張しながら俺に尋ねてきた。


「あの! あなたが……『添い寝屋』さんですか? 一泊、お願いしたいんです!」


 添い寝屋。

 実は前世でもあった職業だが、それが俺の今の仕事だ。


「いいぜ。一晩、金貨一枚だ」


「はい、お願いします!」


 性的なサービスはしない。

 なんと、ただ一緒に同じベッドで寝るだけだ。他のケアもするが。


 風俗とは違う。

 なのに、高い金を払って頼んでくる女性が、後を絶たない。


 自分の宿代を払ってはいるが、俺はここに来てから数週間、自分の部屋で寝たことがない。


 もうすぐ夕食の時間だ。

 俺は、客の子に部屋で待ってもらうように伝えた。


 この宿には食堂があるが、頼めば部屋でも食事は取れる。


 俺は厨房に立ち、包丁を手に取った。


「厨房、少し借りるぜ」


「作るのかい。あんた、うちの料理番になれば良いのに。繁盛するよ」


 女将さんが勧めてくるけれど、その気はない。

 せいぜいが自分と、もう一人くらいの『誰か』に作れる分が精一杯だ。


 オーク肉の脂身をとり、細かく刻んで鍋に放り込む。

 酒で水気を与えてやれば、調理用の香り油が取れる。ラードだ。


 ポロネギを焼き、溜まった油で煮た後、鍋を傾けて油のないところで焦げ目を作る。

 ネギ類は熱を通すと、汁が糖化して鍋に軽い焦げができる。


 その焦げを溶かすように油を回し、塩をしたオーク肉をネギ油で焼き目をつけて、酒を放り込んでフタをする。蒸し焼きだ。


 充分に火が通ったら、肉を上げて少し冷まして、食べやすい薄さに切る。爽やかな刻み香草を軽く煮た、鍋に残った肉汁を少しかけていく。

 ローストポークの、ポロネギのコンフィ添えだ。


 油っぽい料理だけど、戦士職の子には充分なボリュームだろう。

 調味料や食材が乏しいのが、この世界の残念なところだ。


 俺は大盛りの料理皿とパンを持って、お客の子が待つ二階の部屋へと上がっていった。


「開けてくれ」


 料理とパンで手が塞がってる。

 ほどなくして、ドアが開いた。


 お客の子は、まだ緊張しているようだ。


「あの……これは?」


「できたてだ。手料理も料金の内に入ってる」


 俺がそう言うと、彼女は驚いた顔をした。


「……男の手料理は、食べられないか?」


「い、いえ! 男の人に食事を作ってもらったのなんて、初めてで! 良いんですか!? 料理、されるんですね……」


 前世では料理が趣味だった。

 作った料理は、最初は妻にも喜ばれたが、三十代で離婚した。

 自分が俺の隣にいる意味がわからない、だそうだ。


 妻がいなくなった台所で、俺はタバコを吸いながら、自分の食べる分を作り続けた。


「タバコ吸いの作る料理だ。繊細な味は期待しないでくれ」


「いえ、そんなことないです! 肉が香ばしくて、味が濃い! 一緒のネギも甘くてとろりと溶けて……口の中が、幸せです! 残った肉汁を、パンにつけて食べるともう……!」


 どうやら喜んでもらえたようだ。

 俺は彼女の部屋の椅子に座り、タバコに火をつける。


「……それは? 煙が出てますけど……」


「煙の草、と書いてタバコって言うんだ。吸ってみるか?」


 食べ終えた彼女に、俺は紙巻きを一本『作り出す』。

 スキル、薬物万能生成だ。


 彼女に吸い方を教えて、指先にともした火で着火する。


「……口の中が、すっきりしますね。何だろう、この香り、香草みたいな……」


 タバコとは名ばかり。

 彼女に作り出した紙巻きは、油紙に包んだ清涼剤、乾燥刻みミントだ。

 タールもニコチンもないし、当然依存性もない。


 言ってしまえば、ミントタブレットみたいなものだ。


 俺は女将に俺専用にもらった陶製の小皿に、吸い殻を入れる。

 灰皿代わりだ。


 彼女も吸い終えた油紙の残りを、そこに入れた。


「じゃあ、寝るか?」


「はい」


 彼女はうなずいた。

 陽は、もう落ちている。



*******



 ろうそくの明かりに、裸身が見える。

 大きな胸。くびれた腰。鍛えられた太もも。


 一糸まとわぬその裸体には、大小いくつもの古傷が刻まれていた。

 歴戦の戦士の証だ。

 刺し傷、切り傷、魔法で治療しただろうその傷跡が、肌に刻まれていない場所はどこにもない。


「みにくいですか」


「いや、戦士なら当たり前だろう」


 俺がそう言うと、彼女は意を決したように、俺を見た。


「抱かせてください」


「俺は『添い寝屋』だ。性行為はしないことにしてる。聞いてて、ここに来たはずだ」


 それでも、という彼女を、俺は手で制した。

 俺も上半身の衣類を脱ぐ。


 彼女をベッドに招いた。


「……はい」


 ろうそくの明かりが消える。

 窓の月明かりの中、俺たちは同じベッドで横になっていた。


「男の人は、女の人に抱かれたくなるんでしょう?」


 ベッドの中で、彼女は尋ねた。


「そうさ。女の子だって、男を抱きたくなるだろう?」


 彼女が小さくうなずくのが、わかった。

 彼女はベッドの中で、俺に身を寄せる。


 小さく震えていた。泣いてるんだろうか。


「パーティを、追い出されました。中心になってる男性が、『お前みたいに傷だらけの女はいらない』って。『どこかに行ってしまえ』って、フラれました」


「……それで、男は、他のパーティメンバーの女と、一緒になったのか」


 はい、と彼女は答えた。

 うつむいた顔は見えない。ただ、すすり泣く声が聞こえた。


「彼は、私の大きな胸も嫌いでした。『女だと威圧してくる、傷跡だらけの大きな胸なんて、見たくもない』……そう言って、二度と顔を見せるな、と言いました」


「傷跡は戦った証だ。立派な勲章さ。そいつの言ってることが間違ってる、気にしなくて良い」


 俺がそう答えると、彼女はベッドの中で、俺の顔を見上げた。


「抱きしめて、背中を撫でてくれませんか? 逃げ傷……背中の傷はないんです。私の、いちばんきれいなところなんです……お願いします」


 そう訴える彼女の目は、涙に濡れていた。


「じゃあ、触ろう」


「……そこっ、胸……」


 俺は、彼女の大きな胸に触れた。

 撫でるその肌は、柔らかいが、ところどころに固いひっかかりやくぼみがある。大小いくつもの、傷跡の引き攣れた跡だ。


「や、やめ……! やぁ……! そんなとこ……見たくもない、ものなのに……!」


「見たいさ。触りたい。柔らかくて気持ちよくて、安心するからな。大きな胸が嫌いな男なんていないさ。……いるとしたら、そいつは男じゃない」


 胸を優しくもみしだくたび、彼女は身悶えた。

 吐息が荒くなり、上気した表情が緩み、そして……


 ぼろぼろと、泣き始めた。


「なんで、なんですかねぇ……! 戦士として、がんばってきたんです! パーティの盾になって、支えてきたんです……! なのに、傷ついた私は、もう求められなくて……!」


 俺は彼女をベッドの中で抱き寄せた。

 この世界の、女性は辛いな。


「きみはがんばったよ。たくさんたくさん、がんばってきた。だから、触れたいと思ったんだ。そう思う奴は、他にもたくさんいる……」


 肌と肌が密着し、彼女を抱きしめた俺の胸が、涙に濡れる。

 人肌に包まれ、彼女の嗚咽はゆっくりと止まった。


 俺は彼女を抱きしめたまま、声をかけた。


「お疲れ様。今まで、よくがんばった。……良い男は、他にも見つかるさ。きみは魅力的だ。歴史の刻まれたきみの身体が、きみ自身がそれを物語ってる」


 ゆっくりと、あやすように抱きしめた背を叩く。


「私は……しあわせに、なれますか…………?」


「なれるさ。絶対に」


 いつしか、寝息が聞こえた。

 全部吐き出した彼女は、安心して眠りに落ちたようだ。


 俺も彼女を抱きしめたまま、眠りに就く。

 裸で抱き合う、静かな夜が更けていく。



********



 翌朝、彼女は裸のままで、全力で頭を下げた。


「あ、あの! 昨夜は、すみません……無理なことばっかり、言っちゃって!」


「いいよ。俺はただ、一緒に寝ただけだ」


 俺は寝起きのタバコに、火をつける。

 昨夜は何もなかったよ。


 彼女は困ったように笑って、俺の隣に座った。


「あんなに幸せに眠れた夜は、初めてでした……」


「光栄だね。ありがとう」


 クス、と彼女は笑う。

 煙の立ち上る俺のタバコに目をやり、彼女は俺にお願いした。


「『たばこ』、一本もらえますか?」


「良いよ。はい」


 彼女にミントの紙巻きを渡す。

 彼女はそれを口にくわえると、顔を寄せて、紙巻きの先を俺のタバコにつけた。


 彼女が吐息を吸うと、俺のタバコの火が移り、彼女の紙巻きが赤く染まる。


 彼女は一息吸って、そして照れたように笑った。


「……これ、気持ちの良いものですね!」


「……そうだね」


 俺は微笑んだ。タバコ同士で火をつけ合う行為。

 それを俺がいた前世では、『シガー・キス』と言う。


 紙巻を吸い終わった彼女は、陶製の小皿に吸い殻を乗せ、俺に尋ねた。


「また……一緒に、『寝て』くれますか?」


 そうだね。それも良いだろう。

 でも、未来ある若人の美女は、俺みたいなオッサンには、少しまぶしい。


 だから、俺はタバコを吸いながら、言った。


「歓迎するよ。……十年経ったら、また『眠り』においで」




 (終)

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