【番外編】ノクス、村猫に弟子入りする

すべてのきっかけは、あの日の朝だった。


「……にゃあ」


クローネが四足歩行でレイガの膝に乗って甘え始めた、あの恐怖の“猫モード事件”。


ノクスはそれを、黙って、じっと見つめていた。


静かに。まばたきもせずに。



その夜——


「……ねこ。なりたい」


言葉にするのは、勇気がいった。けれど、嘘ではなかった。


ノクスは思っていた。

「猫」は、いい。

何も言わなくても、誰かがそばに来てくれる。

静かで、やさしくて、でも少し自由で。


「……あんなふうに、誰かに……甘えて、みたい……」


そう思った。

けれど、言葉で甘えるのは、むずかしい。

だから——なろうと思った。

猫に。



次の日、彼女の姿がどこにも見当たらなかった。


「ノクス? ごはんの時間だよ〜〜」

「えっ、影の中にもいないんだけど?」

「まさか、またぬいぐるみに埋もれて……」


だがその夜、村の裏路地で目撃情報があった。


「……まて。今、動いたぞ。草むらの中」


ミオナが指差した先には、

黒いぬいぐるみのような何かが、猫の群れと一緒に移動していた。


「やばいやばいやばい。猫たちと自然に馴染んでる……!?」


ノクスはそこにいた。

猫の間にいて、何も言わず、ただ同じように丸まって、

ときどき小さく喉を鳴らしていた。


誰にも気づかれないように。

でも、誰かに気づいてほしくて。



——翌日。


レイガが畑の草むらに座ると、どこからともなく“黒い何か”がにじり寄ってきた。


「……にゃ」


「ノクス、いた!!」


レイガの足にぴたりとくっつくノクス。

そして、猫たちも次々に寄ってくる。


「どういう信頼関係!?」


フィーネ「えっ、この中で一番“猫っぽい”の、ノクスじゃない!?」


セリス「生態系が再構築されている……」


クローネ「……尊敬。私より、猫度が高い」


ルミア「もしかして……名を授けたら、本物の猫になっちゃうのではっ!?」


リュミエ「猫のぬいぐるみ……つくろ……」



レイガは、懐から干し肉を取り出した。


「……ノクス、おいで」


ノクスは、ぴくりと反応し、猫たちの間を抜けてゆっくりと歩いてきた。


その歩みは、静かで、ためらいがちだった。


——来てもいい?


——ほんとうに、甘えてもいい?


レイガの足元に、ちょこんと座る。


「……うまかった」


そして、膝にちょこんと頭を乗せて、


「……レイガ……ぬくい」


それはきっと、ノクスにとって、

「ありがとう」や「だいすき」と同じくらい、

大切なことばだった。



夜の静寂の中、猫たちとノクスの小さな寝息だけが、心地よく響いていた。

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