4.

 城からは、炎が吹き出ていた。エミュジェナはその様子を、ずっと眺めていた。

「あれへは行けないよ」

「うん」

 向き直ったエミュジェナの頬は、濡れていた。



 戦力差は、圧倒的だった。

 ザシュエムが戦場から帰ってこなかったことをきっかけに、国に不満を持つすべてが立ち上がった。あっという間に都は取り囲まれ、ああやって炎の中に消えていった。

 国はきっと、新しくなる。そうして今までの諍いも、なくなっていくだろう。


 エミュジェナの火に焼かれない骸は、どこへ行くのだろう。アルーシュはふと、そういうことを考えた。故郷へ帰ることもできず、そのまま死した場所で土に帰る。誰にもただいまと言えないまま、次の世界に赴くのだろうか。

 そう思うと、寂しさばかりが広がった。


「ねえ、姉ちゃん」

 そっと、エミュジェナの手を取った。温かかった。火のそれに似た熱だった。


「おれが死んだら、姉ちゃんはおれを燃やしてくれるかな?」

 その言葉に、エミュジェナは静かに瞼を閉じた。


「死んでほしくない」


 そうやって、エミュジェナはアルーシュに抱きついてきた。じんわりとした温かさが、体中に広がった。


「生きて、ただいまって、言ってほしい」

「そうか。そうだよね」

「皆、次の世界へ行ってしまった。誰も帰ってこない。だからアルーシュたちには、ちゃんと帰ってきてほしい」

「姉ちゃんはずっと、それを続けているんだものね」

「うん」

「わかった。おれ、長生きする。姉ちゃんとおんなじぐらい生きるのは難しいと思うけど、ちゃんといちいち、ただいまって言えるようにするよ」


 そう言うと、エミュジェナの体が、わずかに震えた気がした。


 離される。エミュジェナの顔。笑顔だった。それでも瞳は潤んでいた。


「嬉しい。アルーシュ、大好き」

 そうしてもう一度、抱きしめてくれた。やっぱり、温かかった。


「おれも、姉ちゃんのこと、大好き」

「ありがとう」

「おれも、ありがとう」

 そうやってしばらく、抱き合っていた。


「父ちゃんから手紙が来ていた。久しぶりに会いに行こう」

「うん。それも嬉しい。西瓜スイカはあるかな?」

「姉ちゃんは、そればっかりだなあ」

 顔を合わせて、笑った。


 ただいまとおかえりを言える日々。ずっと続きますように。


(おわり)

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送り香のエミュジェナ ヨシキヤスヒサ @yoshikiyasuhisa

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