【短編小説】鍵のない扉

風で揺れる楓

「壊れた鍵」 「ふと息を止めた」

 いつもは気にしないような小さな金属音が足元で鳴った。

 小石の隙間に見えるのは、いつか見た事のある鍵。

 傷だらけになった姿が見える。

 知らない間に時を刻んだ鍵。

 あぁ僕はもう戻れないんだと、ふと息を止めた。



 1.忘れられた箱


 賑やかだった校庭も、静寂の中に人の気配が漂う廊下も、不規則に並べられた机や椅子も、人の温もりから遠ざかって草木に侵食されかかっている。

 部室棟だった場所の一部屋に、へしゃげたお菓子のブリキ缶が置き去りになっている。




 2.窓辺の影


 部室の上部に唯一採光用に付けられた小さな窓は牢屋の様だ。

 いや、あの頃の僕たちは囚人よりも厳しい生活を送っていた。

 かすかに差す磨りガラス越しの光だけが、この部屋が世界に繋がっているのだと知らせているみたいだった。




 3.声にならない言葉


 昨日と変わらない地獄が明日も明後日も鬼によってもたらされる。

 それでも行きたい場所があったから、砂を噛み、血を飲み、動かない足を震わせながら走っていた。


 あの日が来るまで。



 4.時間が止まった場所


 ――ミチオがカワセン殺して捕まったらしいよ


 騒めく教室の中、僕の周りだけ音が消え時が止まった。

 誰よりも高い場所を目指していたミチオ。

 鬼の理不尽な暴力から皆んなを守っていてくれたミチオ。



「お兄ちゃんがこの缶、ヤマシタさんに預かってて欲しいって」

 どうやって日を過ごしたか記憶の曖昧な1日を終える頃、僕の家までミチオの妹がやってきた。



 そっと蓋を開けた。




 5.帰れない夜


 卒業して20年。

 記憶の母校よりも荒れ果てた部室の前に僕はいる。


「よぉ、ヤマシタ。久しぶり」 

 振り返ると、当時より随分と長くなったくせに薄くなった頭髪の持ち主となったミチオがいた。

「あの缶の中身、覚えてるか?」

 ヤニで黄ばんだ歯を見せながらニヤつく彼からは、かつて僕たちの守護者だった風格は消え失せていた。


「あれをどこで…?」


「ヤマシタがさー、ズタボロにされた血だらけのユニフォーム隠してるところ見て、俺閃いちゃったんだよねー」


 呼び出された用件はそれか…と、小さく息を吐く。


「俺らって、あのままプロになれるわけでもなく、ベンキョーもせずに生きてきたじゃん?未来が見えなかったワケよ。エーン、カナシー!」 

 泣き真似をするミチオ。


「んで、"アレ"でしょ。ピーンときたの!10年くらい塀の中にいたら、その後はヤマシタくんに養ってもらえるんじゃないかーって」


 ミチオの口から吐かれる紙巻きタバコの煙と毒。


「あの缶の中に入れなかったショーコ、他にもあるんだよねー」


 濁った瞳に映る僕の表情は、どんなだったろうか。


「とりあえずさー、まぁ300マンくらいでいいかな?センコートーシってやつ?」

 ギャハハと下品に笑うミチオは、本当に頭が悪い。


 ――あぁ、やはりナイフは持ってきて正解だったな。



 先ほど拾った傷だらけの鍵を使い、部室の扉を開く。

 事件の後、職員室から拝借したまま隠しておいたのだ。

 あのまま廃校にならなければ、危うく雨風で鍵が露出して誰かに部室に隠した缶の中身が見られてしまうところだった。


 ミチオが言った他のショーコとやらが無いことは、僕自身が知っている。

 だって、きちんと確認したから。


「じゃあな、おやすみミチオ。」

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【短編小説】鍵のない扉 風で揺れる楓 @motoku_san

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