第22話 山羊の独り言。前編
俺の不安は現実となってしまう。キマイラのいた場所から銀の開けた穴を抜け、洞窟の入り口に向かって戻り始めると、再び俺たちは不穏な気配に包まれた。地底人たちはしつこく俺たちが出てくるのを待っていたらしい。そんなに腹が減っているのか?
再び石つぶての雨が俺たちに襲いかかった。俺は白雪に聞く。
「そのシールド俺たち全員に掛けられないのか?」
「一人ぐらいなら何とか」
白雪が走りながら答える。
「それなら尚也をお願いします」
俺が答える前に銀が、尚也の背中を押して白雪に差し出す。
そりゃそうだろうな。誰も俺の事なんか気にかけてはいない。多分兄貴以外は……
だがそんな兄はいつの間にか山羊の背に乗って、かなりの速度で運ばれていた。そして山羊は白雪同様、何らかの魔法で自分の身と兄に石が当たらないようにガードしているらしい。
銀ちゃんは石つぶてなんかへでもないだろうし、結局俺だけが必死に逃げていた。悲しい。玉さん戻ってきてと、つい願ってしまう。
ゴツン。
ひと際デカい石が俺の頭を直撃し、俺は昏倒した。仲間たちはそんな俺に気づかないのか、俺を置き去りにしてさっさと先に行ってしまったようだ。
やがてヒタヒタと、裸足で濡れた地面を踏む足音がいくつも近づいてくる。俺はなんとか起き上がろうとするが、身体が動かない。
腐った魚のような臭気と共に、いくつもの顔が俺に迫っていた。生のイカみたいなぬるぬるした肌が、闇に目が慣れてきた今、見たくないのに見えてしまう。まばらに毛の残った頭。鋭い爪をもつ汚れた手が何本も俺に向かって伸ばされる。
「やめろおっ!」
俺は絶叫する。誰か!俺をとっとと殺してくれ!
その時だった。なんと。兄を乗せた山羊が俺の方に駆け戻ってくるではないか。
「✸✸✸✸!」
山羊が何か呪文らしき言葉を叫ぶと、俺を捉えようとしていた腕が突然凍り付いたように動かなくなる。
「早く乗れ!」
兄が山羊に乗ったまま、俺の腕をつかんで引き上げようとする。えっ。こんな普通サイズの山羊に大人が二人も乗れるもん?
だが考えてみれば山羊は実は山羊ではないのだ。俺は山羊の背に乗ると、振り落とされないように懸命に兄の背中にしがみ付いた。そして山羊は降り注ぐ石をはじき返しながら、猛スピードで先に行ってしまった仲間たちの後を追った。
そうして俺はなんとか窮地を逃れ、洞窟から抜け出すことができた。空が明るくて空気が清々しい。地上は本当に素晴らしい。
俺を救ってくれた山羊は、今は若者の姿をしていた。緑の長い髪をリボンでまとめてポニーテールのように頭の上から流している。きらきらの大きな瞳は表情豊かで、よく見ると長いまつ毛までが緑色。全身緑コーデのこの青年に緑のトンガリ帽をかぶせれば、可愛らしい魔法使いの完成だ。だが、外見に騙されてはいけない。
山羊は人の姿でいる時は、悪くない容姿をしていたが、これの正体は黒魔術師なのだ。サダメが今までやらかして来た事を考えると、カワイイとか言ってる場合じゃない。
だが謎な事もある。サダメは兄と五年も旅をしていたと言うが、その間兄にはとくに悪さをしていなかったのか?
俺は前を歩いている兄と、その横にいる緑の若者を見た。若者はメエメエと鳴きながら、身振り手振りで兄に話しかけようとしていたが、兄は「さっぱり分かんねーよ。言いたいことがあるなら山羊に戻れ」と文句を言っている。
仲が良さそうに見えなくもない。
この旅はこれからも続いていくんだろうか。
銀と尚也のお迎えはまだ来ない。文さんとやらはまだどこかで迷子になったままなのか。
またいつか、この旅の続きを語る日が来るかもしれない。だが今のところは、このバラバラな同行者たちとの未来など、俺には見えるわけもなかった。
終わり
オマケ
山羊の独り言。
僕の名前はサダメ。僕の親は別世界からの移住者だったらしい。が、どこの星の何という国なのか僕が知る前に、両親は元の世界に戻ってしまった。おそらくはモンスターに倒されたんだろう。
でも僕はこの魔法ランドで生まれたから、いつかここで命を落とすことになっても他の移住者やハンターの様に、生まれ故郷に戻る事はない。泡みたいに消えるだけだ。
ここはファンタジーの世界。ここで誕生した僕らは、存在が曖昧で希薄なんだって。だがその代わりといっていいのか、特殊な魔法の力を持つことが多い。だから僕みたいな奴は魔法の学園でその能力を高める勉強をさせられる。
ある程度学ぶと、生徒達はスカウト担当として様々な地に赴き、そこで魔法ランドに招待する対象を探す。
そして僕は、とある奇妙な惑星を担当する事になった。
そこの統治者である王は変わり者で、地球のニッポンという小さな島国で作られている、「ジダイゲキ」という物語に熱中していた。そしてその物語とそっくりな世界を、自分の星に作ろうと思い立った。
それから数十年かけて、王はニッポンの「エドジダイ」という特殊すぎる社会を模倣した世界を、かなり完璧に作り上げてしまった。そしてそこに王は大量のクローン住人を送り込んだ。
彼らは王の妄想で作られた記憶を植えつけられ、自分たちがその時代の人間だと信じこみ、与えられたそれぞれの役割に従って生活を営んでいた。
そこで僕は可愛らしい少女に出会った。その子は深窓のお姫様だったが、深夜にウロウロと徘徊したり大声を出して騒いだりで気の病とされ、周りのお付きの人々は寝不足の頭を悩ませていた。
僕が彼女の病を治す呪術師として会ったときはまだ十歳ほどの子供だったが、その子に与えられた役割は将軍家の姫君だった。
重い宿命を背負わされた少女は、成長すれば政略結婚させられる事になるのだろう。けれど僕はその子の意志の強さとか好奇心旺盛なところが気に入ってしまったので、その前に魔法ランドに呼び寄せるつもりだった。
なのにその子は成長すると僕との約束をすっかり忘れ、他の男を好きになってしまった。
僕はかなり気分を害してしまって、彼女の逃亡に協力するフリをして、彼女が願いを断念せざるを得ない酷い姿に変えてやった。
人の顔を持つ哀れで奇怪な四つ足の動物。その姿に絶望する彼女の魂を、次はキマイラと名付けた恐ろしい獣の中に閉じ込めた。
そして彼女が恋した男に「姫を救いたければキマイラを倒せ」とだけ告げて姫様と同じ世界に飛ばした。
世間知らずのお姫様とお姫様が恋した時代錯誤ヤロウが、異世界でどう生きるのか興味があった。そして彼女は、かつて恋した男が自分を殺しにやってきた時、一体どう向き合うのか。
そして男の方は幾度も姫様の魂が宿る獣に戦いを挑み、その度に倒され、そして蘇ってはまた挑む事を繰り返した。
姫様は姫様で、忠義心のかたまりみたいなその男に、面倒な事は全部忘れて自由に生きてほしいと願っているらしかった。
それを見ていて僕はなんだか不思議な気持ちになった。
自分を犠牲にしてでも誰かを救いたい、そんな思いの根っこにあるものって、一体何なのか。
そこで僕はいったん彼らをほったらかしにして、僕なりの『何か?』を探す旅に出た。とはいえ、普通にスカウトの仕事に戻っただけだったが。
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