第20話 「なんだ。男じゃん」

「白雪。久しいの。お前さんがわしを召喚するとは珍しい」

 老人が言う。

「はい。実はかつてわたくしと共に学園で学んでいたサダメが、退学になってからというもの、ここでのルールを平然と無視し、ハンターたちの真剣な戦いを引っかき回しております。サダメの印が今どこにあるのか、老師に視て頂きたいのです」

「サダメの悪さはわしも何とかせねばと思っておった。とにかく参加者からのクレームが半端なくてな。白雪、そなたも被害にあったようだな。あの者は、キツイ罰を受けねばならん。という事で今あやつは学園におるよ。わしが許すまでは教師として働き、生徒を指導せねばならん」

「はあっ!?」

 白雪が不満と抗議の声を上げる。

「そんな甘っちょろい罰なんてわたくしは納得できませんわ」

「そうか? サダメにとっては自由を奪われるのが一番つらい事ではないのか?」

「たしかにそうですわね。ですがサダメの所業を許すことはできません。わたくしの被った厄介ごとにつきましては、わたくし自身の気の弛みもありました。ですがサダメは鬼魔異羅という獣を掟に逆らって作りました。この獣の中には四体の人の肉体とひとつの娘の魂が絡みあい溶け合っております。ここで鬼魔異羅の命を奪えば、獣の中に閉じ込められている娘の魂は、元の世界に戻れたとしても元の体を取り戻す事は叶わないでしょう」

「ああ。江戸を模した国におる、顔だけ娘の山羊はわしも見た。あれは惨いのう。今は見世物小屋で晒し者にされておる」

 それを聞いた玉さんの肩が一瞬ピクリと揺れた。

「助けてやりたいがわしは学園を離れる事が出来ぬ。白雪。サダメをこの場所に届ける。果たして娘をあのような姿にしたのがまことサダメなのか、そなたが確かめるがよい」

 へええと俺は楽しくなってきた。ついに諸悪の根源。悪の権化。サダメの姿を見る事ができるのか。とんでもなく邪悪な顔つきの女なんだろうな。


 空中に開いた裂け目からいきなり緑色の物が転がり出てきた。その姿に俺は驚いた。

「なんだ。男じゃん」

 尚也が言った。確かにそいつは悪女には全く見えない。緑色の髪に緑のリボンをつけた、イケメンとカワイイの中間位の見栄えの良い青年。

 老師によって学園からこの洞窟に無理やり引きずりこまれた青年は、拗ねた表情でそこにいる皆を見渡している。兄はその姿をまじまじと見て叫んだ。

「カメ!どこにいたんだよ!ずっと探してたんだぞ」

 えっ? この青年が呪術師の魔女なんだろ? 兄貴は魔女と旅をしていたのか? キョロキョロしていた青年は兄の姿を目にとめ、パッと破顔する。

「あれ。順平だ。会いたかったよ。元気そうだね」

 本当にこの青年が悪の権化の魔女なのか? そもそも女に見えない。だが兄はズケズケと言う。

「俺全然知らなかったぜ。お前ってとんでもなく悪いやつだったんだな」

 カメ・レオンことサダメ青年が少し不安な面持ちになる。

「どうしてさ?」

「だってお前なんだろ。姫さんを人間の顔した山羊にしちまったのも、このキマイラ作ったのも、キマイラの中に姫さんの心を閉じ込めたのも。可哀そうすぎるだろ」

「だってさあ……それはあのコが悪いんだ。あ、今はこの中にいるのか」

 サダメ青年がキマイラを見やって首を傾げる。

「あれ、ケガ治ったの?」

 認めたな。やっぱりこいつだったのか。白雪がキリリと眉を吊り上げた。

「やはりあなたでしたのね。つくづく最悪の汚物魔女。さあ、とっとと参りますわよ」

 そして老師に深く一礼する。

「それでは老師。わたくしとこやつをその見世物小屋に送り込んで下さいませ」

 老師の指先が足元の水たまりを指さす。水たまりの淀んだ水面が、鏡面のように銀色に変わり、やがてそこに時代劇に出てきそうな商家が建ち並ぶ光景と、着古した着物姿の町民らしき者たちの姿がうっすらと浮かびあがる。

「行ってまいります」

 白雪は老師に頭を下げると、サダメの腕をぐいと掴み、なんの躊躇もなく水たまりに浮かんだその場所目掛けて足を踏み入れた。足の裏が浸かる程度の浅い水たまりのはずが、二人の体を爪先から頭のてっぺんまでずぶずぶと飲み込んでいった。


 やがて彼らは完全に水たまりの中に飲み込まれ、水面は再び元の静けさを取り戻した。

 だが目を凝らして水面をのぞき込むと、日光江戸村みたいな街並みとそこに飛び込んだ二人の姿がゆらゆらと見えてくる。

「へえ。本当に江戸時代みたいだ。けれどさっき老師は模した国って言っていた。どういう事なんだろ?」

 物珍しそうに水たまりを覗き込んでいた尚也が、ぼそっと呟く。確かにどういう意味だ?


 そこには安っぽい作りの小屋が建っていて、奇妙な動物の絵が描かれた看板が立てかけられていた。人面山羊と説明書きのある看板絵を指さしながら人々が言い合っていた。

「ほんとうにこんな動物がいるのか? 山羊に人間のお面を被せただけだったりしてな」

「いや、見た奴が口を揃えて言うんだ。本当に本物の人間の顔だったって。その顔は草をぐもぐと食ってたらしい……えっ?」

 人々は、突然その場に現れた奇妙な扮装の二人をポカンと見た。

 異国風の容貌に、短く丸い袖と裾の広がった黄色い袴?の女はもう一人の若者の腕を掴んだまま、観衆を完全に無視し、建物の中へずんずんと踏み込んでいった。

「お嬢ちゃん。金を払わなきゃ中には入れないよ」

 店番らしき女が文句を言う。だが明らかに自分たちとは顔立ちの種類が違う毛唐の娘と、彼女が連れている男の奇抜すぎる緑色の頭を初めて見た女は、彼らをそれ以上引き留めようとはしなかった。


 その生き物は竹で作られた天井まである檻に、草と一緒に入れられていた。たくさんの物見客にずっと好奇の目で見られ続けて、その山羊の人面は疲れ、少し悲しげにも見えた。

「本当に悪魔の所業ですわね」

 白雪がつぶやく。

「もう充分でしょう、サダメ! おまえの力を貸すのよ」

 白雪は浄化の力で山羊をもとの娘の姿に戻そうとしていた。山羊に手を差し伸べ、意識を集中する。それを見たサダメが諦めたように、自分も手を伸ばす。

 白雪は自分の意識に強い力が加わるのを感じた。サダメのパワーは白雪を超える強力なものだった。眩い光に包まれた山羊が後ろ脚で立ち上がり、その身体が真っすぐに伸びてゆく。そして光が薄れ消えた後、檻の中の山羊は消え、一人の全裸の娘が佇んでいた。

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