第19話 「しかしこの者は助けを必要としておりませんわよ」


 だからさっさとそういう事は伝えておいてほしい。兄ちゃんが一緒にいたという、そいつは何者なんだ。兄は焦ったように、首をぶんぶんと左右に振る。

「だって俺も知らないんだってば。ここに初めて来た時にやつに会って、俺のポイントで飯おごってやったらすごく喜んで、それから五年間俺と一緒に化け物退治しながら、色々な店で飯を食い酒を飲んで女と遊んだ。それだけだ」

「名前は?」

「カメ・レオン」

「!?」

 ふざけてる?

「知らねえよ。俺が名前を尋ねたら奴はそう言ったんだ」


 獣は無言だった。無理して話をしたせいだろうか。ぜーぜーと息をするのも辛そうだ。目の光も消えかけ、意識は朦朧としている様子だ。その姿を辛そうに見ていた玉さんが言った。

「白雪どの。この獣と姫君を救ってさしあげたい。そなたの力を借りることはできぬか」

「しかしこの者は助けを必要としておりませんわよ」

「わかっておる。これはわしの我儘だ。どうか」

 玉さんは頭を下げる。白雪は少し考え、そして言った。

「それでは腐敗を止めます。体力が残っていればいずれ治癒する事でしょう。ですが先ほども申し上げましたが、痛みは伴います」

 白雪は水たまりの上をすべるように進み、やがて獣の傍らにそっとしゃがんだ。両手を差し伸べ、獣の全身を包み込むように大きく左右に伸ばす。その手から淡い光が出現し、獣の体をうっすらと覆った。

 グオオッと獣が苦しそうなうめき声をあげた。傷だらけの体が痙攣する。だが白雪はさらに光を強くする。

 やがて獣の震えはとまり、苦しげな息遣いも穏やかなものへと変化していった。白雪が手を降ろした時には、獣は意識もなく、深い眠りについていように見えた。

「回復には十日以上かかるでしょうね。かなりひどい怪我でしたから」

「安堵致した。礼を申す」

 玉さんが深く頭を下げた。そして愛おしそうに鬼魔異羅を見つめる。あれ?と俺は思った。


 玉さんは姫と将軍への忠義心から姫を救おうとしているのだと思っていたが、もしかしてそれってラブだった?

 玉さんは姫が好きなのか? そして姫が玉さんに自分を倒させ、使命からは解放され自由に生きろと願ったのは姫もまた玉さんを好きだから? そんな分かりやすい理由だったのか?

 その時兄が言った。

「玉さんさあ。あんたってなんか侍っぽいかっこいい事しか言わねえけど、実はこのキマイラの中のお姫さんが好きなだけじゃねえの? それに姫さんだってあんたの事大切に思ってるみたいだ。だったら相思相愛だろ。めんどうな事は忘れて二人で幸せになれよ」

 それを聞いた玉さんは顔色を変える。

「な、なにを! 姫君に対して無礼であろう」

「姫ったってさ。さっきまで腐りかけのモンスターだったんだぞ」

「……」

 玉さんが苦しそうに拳を握りしめた。そして話し始めた。

「姫君は自由闊達な御方で、奥女中の扮装で他出する事があった。わしはまだ御庭番ではなく、添番並みとして姫君を影からお守りするだけだった。だが姫君はそんなわしを見つけては楽しげにからかって……」

「恋しちゃったのか」

 兄がケタケタと笑う。そんなはっきりと言ってやるなよ、と俺は思う。だが兄の言うとおりなのかも。


「なんかややこしいな。整理しようよ」

 と尚也が言った。確かに俺もよく分からなくなってきた。尚也、頼む。

「まず、白雪さんの学校にサダメという名の悪い魔女がいました。魔女はキマイラを作った罪で学校を追い出されました。そいつは実は玉さんの大事な姫様の子供時代の病を治した呪術師でした。でもなぜか呪術師は姫様の体だけを山羊に変え、その魂をキマイラの中に閉じ込めました。そして玉さんに姫様を助けたいのならキマイラを倒せと言って玉さんを魔法ランドに送りこみました。そしてその一方で白雪を眠らせてゾンビを作りました。ここまで合ってる?」

「なんだかまとめで聞くとサダメってワケわかんねーな」

 兄が感心したように言う。

「結局その人は何がやりたいのでしょう」

 銀も言う。すると白雪が憎々しげに叫んだ。

「あの緑のバカのやる事に根拠やマトモな考えなんてあるわけがございませんわ!!」

「それで俺達は次は何をすればいいの?」

 尚也が尋ねる。 

「うーん」

 考えていると玉さんが言った。

「わしがサダメという名の魔女を探し出し、あの山羊を元の姫君の姿に戻すよう頼む。その後でキマイラを倒し、姫君の魂をお救いする」

 すると尚也が言った。

「でも急いだ方がいいかもね。玉さんがここに来て6年たつんでしょ。山羊の寿命もそんなに長くは残っていないかも」

 玉さんはハッとした様だ。

「ならば一体どうすれば」

 キマイラがそんな玉さんを憐れむような眼差し見ていた。

『かまわぬ。わらわはどうなろうが。さあ。斬るがよい』

 キマイラは白雪の浄化で少しだけ元気になったのか、もがきながら立ち上がろうとしていた。

『はようせねば、こやつらがまた力を取り戻すぞ。さすればわらわはこやつら四体を抑えておく事はかなわぬ』

 すると話を聞いていた白雪が晴れ晴れとした表情で言った。

「そういうわけでしたのね。今の尚也の説明でようやく何がどうなっているのか理解できましたわ。サダメを探し出すのは容易い事ですのよ」

「えっ? 前に何処にいるのか知らないっつってたよね」

「わたくしは知りませんもの。ですが学園の創始者には、在籍した全ての生徒の行方をたどることが可能なのです。入園すると同時に、わたくしたちは皆、しるしをつけられるのです」

「GPSみたいなものかな?」

 尚也が言う。玉さんが動揺した様子で白雪の肩を掴んだ。

「ではその創始者に呪術師の居場所を教えてほしいと頼みにゆく。学園に行けばよいのか?」

 玉さんが言うと白雪は微笑んだ。

「印を持つ者はいつでも何処からでも創始者に直接呼びかける事ができます。こんなふうに。老師!わたくしの声に答えて下さいますか!」

 白雪が洞穴全体に響き渡るような大きな声を出したので、俺はびびった。白雪が申し訳なさそうに言う。

「老師は高齢のためお耳が少しばかり遠いのです」

 どうやら声は無事届いたらしく、間をおかず洞窟の薄明りの中、人の姿がぼんやりと浮かび上がる。俺は白い髭の仙人のような老人が現れるのかと思って興味津々で見ていたが、そのちんまりとした姿はヨーダに近いかも。

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