第15話 「勇者様。わたくしを旅のお供に加えてください」

 こんなキモい奴ら相手に、どう戦えばいいんだ? ヒントを求めて周囲を見る。

 玉さんが刀を頭上に構えていた。打ち降ろした刀はゾンビの肩から腰までを真っ二つにしたが、地面に崩れ落ちたゾンビは上半身だけで地面を這いずりながら、その手で玉さんの脚にしがみ付こうともがいている。

 銀は左手に鉈。右手に万能ナイフを握り、左右のゾンビを同時に切りつけ、そいつらの両手両脚をあっという間に切り落とした。

 手足を失ったゾンビはその場に崩れ落ち、そして銀の容赦ない脚によって幾度も踏みつけられ、みるみるぐちゃぐちゃに潰されていった。


 残った三体のゾンビがフラフラと白雪のほうに近づいていく。

「白雪チャン…帰ロウ」

 ゾンビが両手を求めるように彼女に差し出し、のそのそと前に進む。

「来ないで!おぞましい!」

 白雪は自分を慕って近づいてくるゾンビに吐き捨てるように言った。そして自らがさっきまで眠りについていた棺桶を両手で抱え上げると、ブンと力強く振り回した。

 棺桶は三体のゾンビの上半身を一気に破壊した。そして下半身だけになったゾンビはもう喋ることもかなわず、たよりなく白雪ちゃんの周りをウロウロと彷徨う。

 そいつらに向かって、再び彼女が抱えていた棺桶を三度振り降ろすと、今度こそゾンビは棺桶につぶされ動けなくなった。

 見かけによらない馬鹿力。何者?


「浄化します」

 白雪が澄んだ声でそう言った。彼女は白い腕をゾンビの残骸たちに向けると、何か聞き取れない言葉を囁いた。

 その手からキラキラした光の粒のようなものが湧き出て、それは拡散するとウヨウヨと蠢くゾンビたちの体を覆っていった。

 するとゾンビ達は次第に動きをひそめ、おぞましかった肉や内臓は消滅して真っ白な骨となり、やがて跡形もなく消失した。

「この哀れなもの達は、幾度倒されても他のモンスターのように消える事はなく、いつの間にかまた肉体を取り戻して蘇ってくるのです。僧侶のみが彼らを真の眠りにつかせます」

「白雪ちゃんは僧侶だったのか」

「はい。わたくしは魔法の学園でディスペルの力を学びました。そしてその力を試すために上級コースを訪れたのですが、そこで出会ったのが先ほどのゾンビが人として生きていた頃の農民たちでした。彼らはわたくしに魔女に奪われた農園を取り戻してほしいと願いました。わたくしは農民たちと共に魔女に戦いを挑んだのです。しかしわたくしには力が足りなかった」

 白雪ちゃんが白い顔を青ざめさせて俯く。


「わたくしは魔女の吐いた毒霧によって身動きとれぬ状態となり、そして哀れな農民たちは次々とあの様な姿に変えられてしまった。あの者たちがあのような姿になったのはわたくしのせいです」

 と、慙愧に耐えない様子だったが、そのわりにさっきゾンビを打ち倒した白雪は容赦なかった。

「あの魔女は名をサダメといい、魔法の学園でわたくしと共に学んでおりました。しかしサダメは己の才に溺れ、いつしか禁じられた魔法、黒魔術にのめり込んだのです」

 白雪の美しい目が憎しみにメラメラと燃え上がる。よほど恨みがあるらしい。

「ある目的でサダメはモンスターに扮すると罪のない四人のハンター達を打ち倒しました、本来なら消滅し故郷へ向かうはずの4個の魂を捕え、恐るべき化け物を作り上げたのです。それがキマイラ。恐らく上級モンスターたちの中でも最凶最悪な」

 無言で聞いていた玉さんが白雪にツカツカとと歩み寄る。

「それはまことか!?」

 白雪は玉さんの剣幕に驚いた様子もなく頷く。

「ええ。サダメをご存じなのですか?」

「もしや、その女は髪は緑ではなかったか?」

「ええ。髪だけではなく服も靴もすべての装備を緑で固めておりましたわ。いっそ顔も体も緑に塗ればよいのにと思いましたもの」

「その女は何処に?」

「禁じられた魔法を使った罪で放校となりました。けれどそれからもあちこちで悪質な悪戯を繰り返し、問題を起こしていました。ですが、なぜかここ数年は動向を聞きませんね。何処かで行き倒れにでもなっていれば嬉しいのですが」

「そうか⋯⋯」

 玉さんが肩を落とす。その魔女がお姫様を山羊に変えたのなら、そいつならまた元に戻せるんだろうな。


「サダメの放った毒霧で、わたくしは眠っているように見えたのでしょうが、実は意識はあったのです。なのに七年間も身動きもとれぬまま⋯⋯」

 そこで尚也が尋ねた。

「七年間飲まず食わずで? 死なないの?」

「わたくしはこの空気さえあれば生きていけます」

 白雪が誇らしそうに言う。

「ちょっと銀に似てる。銀は太陽光さえあれば動けるからな」

「まあっ。そうなのですか?」

 白雪は驚いて銀を見る。そうか。彼女はまだ勇者様がロボットだって知らないんだ。

「サダメは動きを奪われたわたくしに告げました。真の勇者の口づけだけがそなたを目覚めさせると」

 という事は銀ちゃんが?

「それから七年の間、勇者たちは幾度も私のもとに訪れ、わたくしはその者たちを魔法の力で恋におとさせ、唇を奪いました。けれどわたくしは目覚めることはかなわず。そして勇者たちは農民たちの慣れの果てのあのゾンビ達によって恐らくは倒されました」

 白雪は銀ちゃんを見つめる。

「勇者様。わたくしを旅のお供に加えてください。きっとお役にたってみせます」

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