第14話 「浮気、ではありません」
あっそうか。いや違う。それは変だろ。ここは魔法ランド。ディズニーランドじゃないんだ。けれどもう細かい事を言ってもしかたがない。ここでは何だって起こり得る。
「とても綺麗な人ですね…」
銀が美女を見つめていた。その表情がうっとりと蕩けるように見えるのは気のせい?
「いい加減にしろよ、銀」
尚也が小さくつぶやく。その後の展開はかなり予想外だった。そっと顔を美女に近づけていった銀ちゃんが、なんと吸い寄せられるように美女の赤い唇に口づけてしまった。
すると。美女の伏せられていた濃いまつげがゆっくりと持ち上がり、その下から黒曜石に似た双眸が現れた。
美女は棺桶のふちに手をかけゆっくりと身を起こしていった。玉さんが警戒するように刀の鯉口を切る。だが銀は警戒心ゼロで嬉しそうに美女に呼びかけた。
「おはようございます」
美女はゆっくりと微笑む。
「わたくしの新しい王子様はあなたね。そしてあなたこそがわたくしの真の勇者様」
新しいってどういう事だ? 古い王子様は何処へ行った。
銀ちゃんが美女に手を差し伸べると、黒髪の娘はその手をとり、立ち上がると棺桶から出て地面に降り立った。
「娘よ。そなたの名前は?」
玉さんが尋ねた。美女は色っぽい目で玉さんを見ると答えた。
「スノーホワイト」
それが名前? まんまじゃないか。
なんというか。銀は白雪姫から目を離せない様子だった。二人は肩をくっつけ、お互いを見つめてはにっこりと微笑み合う。綺麗な女の子たちの仲睦まじい触れ合いは微笑ましい光景だった。はずなのに、不健全で妖しげな雰囲気を感じるのは俺だけ?
「あのさ」
俺は尚也に思い切って尋ねてみた。
「銀ちゃんって尚也くんのカノジョじゃなかったの?」
銀がロボットなのはもちろん分かっている。けれど銀の『何がなんでも絶対に尚也だけは守る!』というひたむきな行動を見ていると、やはり二人の関係は特別なものだと思えるのだ。
「まさか」
尚也はあっさりと否定してくれた。
「じゃあさ、銀ちゃんってあのお姫様の事どう思ってるんだろ」
「そんなの、好きに決まってるじゃん」
「すき?」
「LOVEだと思うよ。銀は綺麗な女の子が大好きなんだ」
そう言った尚也が先を歩く銀に近づき、その耳元でこそっと言う。
「いいのか? 浮気したらユウリが怒るぞ」
すると銀ちゃんが一瞬硬直した。そして美女から少し離れた。どういう事?
「浮気、ではありません」
銀が幾分ぎこちなく否定する。
「ユウリって誰?」
気になったので尋ねる。すると尚也が答えた。
「銀のカノジョ。というか大切なお人形さんかな」
俺はそれ以上追求する事をやめた。銀が離れてしまうと、白雪はぷっと頬をふくらませ、タタタと駆けて再び銀に並んでくっつく。そんな様子は小さな子供みたいですごくかわいい。
「おなご同志の友情というものは奇妙なものだな。わしのような頭の古い人間には理解できぬものらしい」
玉さんがしみじみと呟く。いや、俺だってわかりませんよ。
「美しい森だが、きっとこのままのんびりさせてはくれぬのだろうな」
玉さんは正しかった。
~はいほーはいほー~
地を這うような歌声と共に七体の不気味な骸骨が現れた。骸骨とひっくるめて呼んだが、それぞれが死んでから経過した日数は違うのかもしれない。
白骨状態のものもいれば、肉や皮膚を残した骸骨になりかけのやつもいる。そして死んで間もないような、体が変色しかかったやつも。
ゾンビか、もしくはアンデッド。
一番前をよたよたと歩くそれは髪を少しだけ残し、肌はところどころ腐れ落ち、中の黒ずんだ内臓がちらちらと見える。
「もう…いやだ…」
俺はまたしても現実逃避しかけていた。だがここで気を失ってなるものか。皆と一緒に戦おうと誓っていたんだ。
『白雪チャンヲ、カエシテ……』
ゾンビ達が地獄の底から響いてくるような声で訴える。そして答えたのは銀だった。涼しい声ではっきりと言う。
「いやです」
「ワシラガ⋯眠ル白雪チャンヲ⋯毎日キレイナ花デ飾ッテイタノダヨ。戻ッテオイデ」
ゾンビたちが切々と訴える。そうか。棺桶を埋めていた花はこいつらが用意したのか。ちょっと泣ける。だが白雪は言った。
「花はありがとう。けれどわたくしはこの人達とここを去ります」
仕方ないよな。ゾンビたち諦めろ。
「白雪チャンハワタサナイ⋯オマエタチ、マトメテ殺ス」
やはりそういう展開になるのか。俺は槍を構えた。
先手必勝。俺は躊躇することなく先頭にいたゾンビに槍を繰り出す。そいつはどんくさい動きで避ける気配もなく、あっさりと俺の槍に串刺しにされた。
だがすでに死んでいるそいつは、深々とささった槍に痛みを感じた様子もなく、ジタバタと激しくもがいている。そして槍の柄を握りしめると、深々と刺さったそれを引き抜こうとする。
槍にはカエシがついているから、一度さされば抜くことは難しいはずだったが、あっさりと抜けてしまう。
そいつは自分の肉をからませた槍の柄を、骨だけの手で掴むと、自分の方へと手繰り寄せた。
槍を掴んだままの俺は引き込まれそうになってたたらを踏む。足を踏ん張って槍を全力でゾンビから取り戻すと、槍の穂先でゾンビの首を思い切り叩いた。
腐りかけて脆くなっていたのか首はぽろりと落ちる。だがゾンビは首を失ったまま、なおもフラフラと歩き回っていた。
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