第11話 「玉さんって何歳?」
翌日さっそく向かった武器と防具の店で尚也が選んだのは、
きっと尚也はX-MENのウルヴァリンにでも憧れていたんだろう。それを手にはめると、嬉しそうに振り回している。使いこなせるのかは疑問だが、尚也には銀ちゃんがついているから多少無謀な事をしても大丈夫だろう。
そして俺は相変わらず玉さんに槍の指導を受けていた。驚いたことに玉さんは尚也の手甲鉤の扱い方まで熟知していた。ありがたい事だがやはり奇妙だ。この手の忍者が使いそうな武器は剣一筋の侍にとって道を外れたものではないのか?
まあそれを言うなら、以前俺が使っていた毒付き吹き矢の方が、よっぽど邪道なはずだ。でも玉さんは使うように勧めてくれた上、命中させるコツを教えてくれた。
気になる事は尋ねた方が早い。という事で槍の稽古をつけてもらった後、その日の宿に戻りながら、俺は玉さんになぜ色々な武器の使い方をマスターしているのか尋ねてみた。
するとあっさりと答えが返ってきた。
「わしは公儀隠密だった」
聞いたことはあるが、それってなんだ? 将軍様の忍者って事か?
「いや。公儀隠密のご用を甲賀衆、伊賀者忍者が担う事はない。彼らには別の仕事がある。わしは江戸城のお庭番だった。表向きは内庭の巡察をしておったが、裏では将軍家の直命を受けて諸藩の動静を探り、時に市井や役人たちの風評をお耳に入れることもあった」
表向きは警察官、けれど正体は将軍家直々の
「常に正体を隠さねばならぬから、もし命を落としてもただの身元の知れない死体が一つ増えるだけ。だが任務は果たさねばならぬ。その為に槍術、杖術などあらゆる修練を積むのは当然の事だった」
「はああ」
「だがそれが、今こうして俊平や尚也どのの役にたてるのであれば無駄ではなかったという事だ」
そう言って玉さんは少しだけ笑った。
俺にはもう何も言えない。ここに来る前の玉さんの日常は、笑ってすまされるような安易なものだったとは思えない。俺が生きてきた30年足らずの人生にも、それなりに悩みも苦労もあったつもりだったが、人に話せば「なんだ、そんな事で?」と言われてしまいそうな気がしてきた。
しかし玉さんの過去と、玉さんがキマイラを倒さなければならないのって何か関係があるんだろうか。
俺は聞いてみた。
「玉さんって何歳?」
「二十四だ」
「!」
マジか!? それでこの貫禄と落ち着きっぷり。俺は自分が情けない。
「俊平は何歳なのだ?」
「……29」
サバを読みたかったが、あとあとバレるのも面倒なので本当の事を言う。玉さんが珍しく口をぽかんと開けて俺の顔をまじまじと見ている。
「それはまことか? 全くそうは見えぬのだが。てっきりわしより年下かと⋯」
少々複雑だが、若く見えるのは喜ばしい事だと思う事にする。
「俺の方が五コも年上だったのか。俺も驚いたよ。玉さん堂々としてるからそんなに若いと思わなかった。でも今さら敬語とかやめてね」
玉さんが頷いた。気まずそうだ。
そして俺は聞き出しついでに、気になっていた事を尋ねてみた。玉さんは自分からは何も語ろうとはしないが、こちらが聞けばたいていの事は教えてくれる。
「キマイラを倒さなければならない理由は?」
「それは……どこから話せばよいのか」
玉さんが懐手を解き、考え込むように足を止める。だがやがてポツポツと語り始めた。
「まだわしが国にいた頃の事だ。ある任務を将軍家より与えられた。それは行方知れずになった姫君の捜索」
「それって将軍の娘ってこと?」
玉さんが頷く。
「姫君は近々ある藩主のもとに輿入れされるはずだった。しかしある夜、書き置きを残し突如行方をくらまされた。それには『永別』とのみ書き残されておった」
「永遠の別れ?」
「おそらくは自分の事は死んだものと思ってくれと」
だが正直それを聞いて俺は驚いていた。
「その時代のお姫様って一人で外出なんて出来なかったんじゃないの? ずいぶん思い切った事をしたもんだね」
「ああ。城の門は閉ざされていて見張りの番士もいる。見とがめられず城を出るのは難しい。何者かが姫君を手引きしたのではないかと皆が考えた。そしてわしは姫君捜索の命を受け城を出た」
「誰が姫君を連れ去ったのか分かったのか?」
「おそらくは。まだ姫君がご幼少の砌、気の病にかかり、深夜意識のないまま彷徨い、時に獣のような声で叫び、女中たちも不気味がっておったらしい。それで呼ばれたのがこの病を幾度も回復させた事があるという女呪術師だった。その者が姫君に
(それ飲むのかなりキツそう)
「その女呪術師が成長した姫君を攫ったって事?」
「
「ワカメ?」
「湯に放り込むと鮮やかな緑になるであろう。それだ」
緑の髪か。そりゃ当時にすりゃ目立ちすぎるよな。
「女はいかなる術を使ってか、番卒達を一瞬で眠らせ堂々と城に入ってきた。だがその後の事は誰にも分らぬ。そうして朝彼らが目覚めた時には、城内のどこにも姫君はおられなんだ」
「玉さんはお姫様を見つけることができたの?」
すると玉さんはグッと拳を握りしめ、唇を噛んだ。
「果たして見つけたと言えるのか。わしは呪術師の足取りを掴み後を追った。女はむしろ早く見つけ出せと言わんばかりに頭を隠そうともしなかったのでそれは容易かった。そして女を追い詰め、姫君はどちらかと尋ねた。言わねば斬ると。すると女は笑った。会いたければついてくるが良いと。やがて女は、とある商家の奥座敷に入っていった。奇妙なことにそこには誰ひとりおらず、女はそこに立ててあった衝立を横にずらした。一頭の山羊がそこにおって、たらいに入った草を食んでおった」
なぜか玉さんの声は震えていた。
「女が手を打つと山羊が食すのを止め、こちらを振り向いた。その顔を見て、わしは思わず刀を抜き呪術師に斬りかかった。それはあってはならぬことだった。山羊の顔は姫君だった」
ぞわっ。ホラーだ。
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