第10話 【魔法の実践と応用~初心者編】

 その日立ち寄った茶店で、俺たちは豆を甘く煮た汁物を食べた。そういえばここに来てから果物以外に甘いものを口にしていなかった。

 魔法ランドはもう少しマシな食べ物を提供すべきだと思う。冒険の旅にスイーツなんて不要だという事か。

 俺が口の中に残った味を思い返しながら歩いていると、道の反対側からお遍路姿の小柄な老人が近づいてきた。

(こっちに巡礼できる寺院があるの?)

 玉さんに尋ねてみようと横を見ると、玉さんは目をすがめ、厳しい表情を老人に向けていた。


 杖を片手に背中を丸めてゆっくりと歩を進めてきた老人は、俺たちとすれ違う直前にふいに脚を止めると杖でトンと地面を叩いた。玉さんが鋭く警告の声をあげる。

「仕込み杖だ」

「しこみづえって?」

 尚也が尋ねた時銀がサッと尚也の前に移動した。

 老人は叩いた衝撃で浮いた杖の先端を右手で掴むと、刀身を杖から抜き放ち俺の目の前で一閃させた。俺はかろうじてその攻撃を躱す。だがバランスを崩して尻餅をついてしまい、逆側から襲ってきた二閃目をどうする事もできなかった。


 だが傍らに立つ玉さんが、老人の持つ剣を刀ではじき返した。剣は老人の手を離れ背後に飛ばされる。が、老人は左手に持っていた杖で、俺の顎を狙ってきた。

 玉さんの刀がすかさず老人の杖を叩き、杖は真っ二つに断たれ、老人の手には短い木の破片のみが残った。俺の顎は砕かれずにすんだが、老人は木の欠片を投げ捨て、今度は素手で俺に襲い掛かってきた。

(しつこすぎる〜)

 最弱の俺を狙ったのか? 老人は尻餅をついたままの俺に掴みかかると、俺の体を押し倒し喉元を締め付けながら、俺が首にかけていた通行証の紐をベストとTシャツの間からひっぱりだした。

(これが狙いか)

 今度は銀が老人の体を掴むと、俺からべりっと引きはがす。そのまま高々と頭上に持ち上げると、容赦なく地面に叩きつけた。

 かなりの衝撃だったのか、老人の体は地面に転がったままピクリとも動かない。

(もしかしてめっちゃ強いだけのおじいさんだった?)

 俺が不安になりかけた時、老人の体がもやもやとかすみ始め、やがて霧散した。やはりモンスターだったのか。よかった。


 俺は首をさすりながら立ち上がる。

「なんでモンスターが通行証を欲しがるんだ?」

 誰にともなく呟いた俺に、玉さんが答えてくれた。

「噂でしかないが、モンスターの一部は元々はこの魔法ランドの冒険参加者だという話がある。ポイントがゼロになれば、無条件に元の世界に連れ戻されるが、どうしてもそれを受け入れようとせぬ者もいる。その場合、願えばモンスターとしてこの世界に残る事ができる。さらに敵対した相手の通行証を奪って自分のものにすれば、元のように自分がモンスターを狩る側に戻れるという事だ」

「俺の通行証が狙われたのは、俺が弱いから?」

「俊平が高ポイントを所持しておる事が、この世界に知られ始めているのかもしれぬ」

「なんで?」

「店で買い物をする時に、他に客がいようが全く気にとめず、盛大に店の高価な薬草を買い占めたりしていたからでは」

「そんなー。止めてくれよ」

「気付かなかったのだ」

 玉さんが申し訳なさそうに俯く。まあ悪いのは俺だ。けれどそれなら。


「だったら玉さんの通行証と俺のとを交換してくれない? ポイント譲渡はアウトでも通行証そのものの交換は出来るって事だよね」

「せっかくの申し出だが、そのような手は使いたくないのだ。別にそれが卑怯だというのではない。わしの意味のない自尊心のせいだ」

 なんだかよく分からないが、玉さんらしいとも思う。けれどそんな噂が本当に広まってきているのなら、俺が集中攻撃される未来が待っているって事? どうすりゃいいんだ。


 俺は玉さんに槍の扱い方を本気で学ぶ事にした。それまでは長い武器の方が敵に近づかずに身を守る事ができるかも、という安易な考えからだったのだが、出来れば敵を倒せるようになりたいとマジに考えるようになった。

 玉さんの助言で槍の柄に和紙で作ったこよりを巻いてみた。戦うたびにガチガチになってしまう俺は汗で手が滑るのだ。

「本来は相手の血で滑るのを止めるためのものだ」

 玉さんがそう言った。

 戦国時代など戦場においては、こんな物騒な武器で本当に殺し合いをしていたというのが俺には恐ろしくてならない。だが今現在の地球でだって、戦争やテロで命を奪われる人が少なくない。

 殺し合いがしたい奴は皆魔法ランドに来ればいい。


 森で熊猿に襲われてから、俺は少々遠かろうが、できるだけ宿に泊まる事を心がけていた。というよりは絶対に野外では寝ない! そう誓っていた。

 一向に減らないポイントを少しでも消費するため、一番良い部屋を各自一部屋づつ借りる。だが一人でいてもここにはネットもテレビもない。そこで俺は尚也の部屋へ向かった。


 さっき立ち寄った店で尚也は数冊の本を購入していた。面白そうなものがあれば一冊借りようかと思ったのだ。

 尚也は一人床に直接座り、部屋に入ってきた俺の事も無視して、どうやら魔法の呪文を唱えている様子だった。その首には玉さんに借りたらしい通行証がかかっている。これの翻訳機能がないと、俺たちはこの世界の文字を読むことができない。

 左手に持っているのは、【魔法の実践と応用~初心者編】とかいう本。尚也は小さい炎を出そうとしたり、小さな竜巻を起こそうとしたり色々試していたが、一向に成功する気配はない。

「魔法の学校があるの知ってる? ずっとこっちにいるつもりなら通うのもありかもよ」

 だが尚也は首を横にふる。

「そんなに長くいるつもりはないです。ここも面白いけれど、俺は戻らないと」

「帰れるあてがあるのか?」

「あると言えばあります。銀が一緒だから、文さんはこのまま放ってはおかないはず。文さんは銀の親みたいなもんだから。それに俺の親だって俺たちが家に帰ってこなければ、なんとか探し出そうとしてくれるだろうし」

 そういえば銀ちゃんを作ったという文さんは宇宙人だと前に聞いたな。

「もしかして尚也くんの親も地球の人じゃないとか?」

 尚也が頷いた。えっ? ほんとに!?

 自分で聞いておいて俺は驚いた。尚也はどこから見ても普通の少年だ。ただ言われてみれば国籍が曖昧な気もする。ハーフと言われれば納得してしまいそうな、だがたくさんの国の血が混じっていてどことは特定できないような顔立ちだ。

 それに比べると銀ちゃんの方が日本人として違和感のない見た目をしている。あまり濃すぎないすっきりした目鼻立ちの可愛らしい少女だ。

「そうか。君らがいると心強いんだけどな。俺は全く戦えないし。玉さんに負担かけるばかりで」

「そう言うけど、俊平さんの戦い方良くなってきてる気がするよ」

「本当に!?」

 俺は身を乗り出す。

「うん。あの仕込み杖? あれ咄嗟に俊平さん避けただろ? すごいと思った。それに槍の使い方が段々様になっていってる。今日はちょっとかっこよかった」

「そ、そ、そうか」

 お世辞じゃないのなら嬉しすぎる。尚也という子は大人に気に入られる為に、適当な事を言うタイプではないと思う。


 本日退治した敵は、巨大な蟹みたいなやつだったが、俺はそいつの蟹爪攻撃を槍を絡ませながら何度もはたき落し、最後は穂先で腹を突いてとどめを刺した。

 正直こんな風に練習通りに敵を倒せたのは初めてで、俺は自分の腕が上がったというよりはめちゃくちゃラッキーだったんだろうと思っていた。

 初級モンスターが相手の頃には、でたらめに振り回した斧が敵にたまたま命中して倒した事もあったが、そんなのとは比較ならない満足感だ。

(俺……マジに強くなってきてるのかも)

 そんな俺に尚也が独り言のように言った。

「俺もそろそろ斧以外の武器が欲しいんだけどな。魔法は使えそうにないし」

「ああ、それなら玉さんと一緒に店に行こうぜ」

 ご機嫌な俺はあっさり頷く。称賛の言葉は、俺を気持ちよくさせる為の尚也の作戦だったのかも。

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