第2話 「大切にしてください。これはあなたの命を守ります」

 どのくらい時間がたったのか。一瞬かもしれない。

 光が消えると俺は見知らぬ場所にぺたりと座り込んでいた。俺の傍らをひっきりなしに多種多様な足が通り過ぎていく。2本足。3本足。4本脚。足の形も色々。靴のデザインも様々。毛むくじゃらの巨大な素足もあれば、蹄のついた馬のような脚も。


(あ~もう何だよここは)

 勇気を出して顔を上げてみる。そこに見えたのは大勢の人とたくさんのヒトではない何か。だがどちらにせよ俺がよく見知っていた姿とは違う。二本足だからといって人間とは限らない。商店街で出会ったマイク泥棒も二本足だったが全てが普通じゃなかった。

 そして四つ足だからと言って獣と言ってしまっていいのか? 一応皆が服らしきものを身にまとっていた。そして不気味なのは全員が一様に同じ場所を目指して歩いていること。


 そこには大きな大きなゲート。高々とそびえ立つ岩山を削って造られたらしい重厚な要塞の下部がくり抜かれ、厳めしい門が来訪者たちを迎え入れていた。

 俺もそこに向かった方がいいのか?

 けれど一歩踏み込んでしまったら二度と抜けられないのでは?という不安から、なかなかその場を動けないでいた。

 そのまましばらく人の流れを見ていたが、入っていく彼らの表情は明るく、迷ったり悩んでいるようにも見えなかった。俺は思い切って皆と同様に門に向かって歩きはじめた。


 ちなみに今る場所はまるで砂漠のような乾燥した空気の薄茶色の大地。振り向いた視線の先には巨大で透明なタワーが建っていて、その先端は濃い雲に覆われていて見えない。だがタワーの中には筒状のやはり透明なチューブがたくさん通っていてどうやらその管が大勢の客をここに送り込んでいる様子だった。


 俺が岩のゲートをくぐろうとすると、両脇にいたとても背の高い(多分3メートルはある)青い肌の係員に行く手を阻まれた。だがあいにく言葉が通じない。俺は他の入場者の様子を見て、どうやら例のカードを提示する必要があるらしいと気付いた。

 尻ポケットに入れておいた財布からカードを一枚取り出すと係員に差し出す。

 するとアバターみたいな係員は驚いたような顔をして俺に何か話しかける。それ何語? さっぱり分からなくて、俺はやけくそで日本語で尋ねた。

「ここはどこなんですか!俺は家にいたはずなのに、気付いたらここにいたんです!」

 すると係員は長身をかがませ、俺の首に通行証のような物をかけた。

「大切にしてください。これはあなたの命を守ります」

 俺が言ったんじゃない。今のは係員だ。係員が日本語を話している!

「あれ?なんで?」

「剣と魔法の冒険をお楽しみください」

 そうして俺はわけも分からぬまま、新たな世界へと旅立たされたのだった。


 魔法ランドというから可愛らしい遊園地を想像していたが、俺が目にしたのはそれとは全く違う光景。今俺が立っているのは不揃いな石畳の通りの上。そして道は途中で3本に分岐しており、どれも道の先を左右から覆い隠すように樹木が鬱蒼と茂っている。そしてそれぞれの道の入口付近には看板が。

 入場者たちはその看板をちらりと確認し、各々その道のどれかを選んで歩みを進めていく。俺も看板を見た。すると。

「読める!よかった」

 本当によかった。このままわけもわからず、頓死もしくは餓死するしかないのかと不安になりかけていた。字が読めて言葉が通じるのならなんとか生きていけるかもしれない。


 一番右の道には。【この先ギャンギャンの街まで2サト】2サトってなんだ?

 真ん中の道には。【ここから初級モンスターが登場します。武器や防具。魔法、回復薬等を準備した上で赴いて下さい】 行きたくない。

 左端の道には。【行ってからのお楽しみ。上級ハンター以外にはお勧めしません】 無理だな。


 当然消去法で俺は右の道を選んだ。だが真ん中を選ぶ入場者が大半なのを見ると、ここに来るのが初めてではない者が多いのかもしれない。確かに皆それなりの姿をしている。といってもバラバラだが。

 背中に重そうな大剣を背負っている者もいれば、戦争映画に出てきそうなデカい銃を抱えている者もいる。ローブに身を包み、細い杖を持っているのは魔法使いのつもりなんだろうか。


 さすがに左の道を選ぶやつはいないみたいだな、と思っていると一人の男がそちらに向かおうとしているのが見えた。

「うおっサムライだ!」

 俺は声をあげてしまう。長身のその男は時代劇に出てくるような真っ黒な着流し姿で、帯には二本の刀を差している。頭は浪人風の総髪。鋭いまなざしにきりりと結ばれた薄い唇。

「かっちょええな……」

 時代劇風のコスプレ? 魔法ランドがどのようなテーマパークなのか、まだ分からないので不安はあるが、まさか本当に命の危険があるとは思えない。あの侍が持っていた刀もどうせ模造品だろう。

 危機感がなさすぎ? でも前向きに考えるしかないんだよ。

 俺が契約している動画配信サービスでは異世界転生アニメが大量に視聴できるが、こんな事が現実に起きるなんて考えた事もなかった。それに転生というからには、自分の元いた世界からいったんはオサラバしているはず。俺はここに来る直前まで冥土行きの気配もなかったのだ。


 もしかしたらさっきの侍に聞けば、ここが何なのか教えてもらえるのかもしれない。多分同じ日本人なのだろうし。上級者コースを選ぶんだから、ここに来るのが初めてというわけではないだろう。だがどうやって声を掛けるか悩んでいる間に、俺の視界からその男の姿は消えていた。

(まあ仕方ないか。あの刀が真剣だったりしたらヤバすぎるしな)

 心のどこかでゲートの係員が言っていた言葉が引っかかっている。

(これが俺の命を守るってどういう意味なんだ?)

 俺は服の外に出しっぱなしだった通行証をTシャツの内側にしまい込み、更にアウターのシャツのボタンを上から下まできっちりととめた。大切なものなのかもしれないから。

 そしてまずはギャンギャンの街へ向かおうと右側の道を進みかけた。

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