マジカルミステリーつ、あー

芝山紺

第1話 「あなたの周りに変わった人はいませんか?」

 芸歴約十年。中堅に毛の生えた程度の芸人。と言いたいが、この世界ではまだまだ駆け出しの若手。それが俺だ。芸名も本名も井狩俊平いがりしゅんぺい


【登場人物紹介】


井狩俊平 主人公。普通の人。

中村玉五郎 侍。

姫君 ?

銀 前作ロボ子の主人公。少女タイプロボット。

三田村尚也 銀の同居人。

白雪 魔法使い。

老師 魔法学校の創設者。

井狩順平 主人公の兄。アホ。

サダメ(カメ・レオン) 魔法使い。厄介者。


◇◇◇

 その日俺はローカルケーブル局の街頭インタビューで商店街を歩き回っていた。道行く買い物客を強引に掴まえては面白い話を引き出すのが俺の仕事。だがたいした盛り上がりもないまま時間は過ぎてゆく。まあこういう日もあるだろう。テーマもよくなかった。

「あなたの周りに変わった人はいませんか?」 

 いたらいたで、その変な人の変なエピソードを聞きださなければならない。放送に耐え得る面白いエピソードなんてそうそうあるもんじゃない。せっかく答えてくれても、ほとんどは使えそうにない話。

(収録でよかったよ)

 そう思っていると、前方からなんとヘンそのものの何者かが歩いてきた。


 人間、だとは思う。身長は120センチ程度。だが子供って感じでもない。小さいのに10頭身はありそうなのは、頭部がとんでもなく小さいから。頭も体もツルツルで服を着ているようにも見えなかったが、胴体は緑色にテカっていて、体にフィットするボディスーツでも着ているのかもしれない。それがピョコンピョコンと跳ねながらこっちに近づいてくる。

「あれって人形?」

 あまりにもヘンなので不安になって、背後のスタッフに尋ねてみる。けれど返事はなかった。(無視かよ)と振り向くがいつもの顔ぶれに、俺の言葉に反応している様子はまるでなかった。皆が突然体が硬直したような不自然な体勢で静止している。


 中腰の者。どこかへ走り出そうとしている者。不気味なのは彼らが目を見開いたまま瞬きを全くしない事。

 そして周りの商店街の通行人たちも同じ。自転車に乗っている子供はなぜか両脚をペダルに置いて漕いだ姿勢のままピタリと止まっている。地面に脚もついていないのに自転車は倒れない。

 だがそんな中でその10頭身ちびっこだけが俺に近づいてくるのだ。これはヤバい状況なのかもしれない。けれど俺はあくまで仕事に忠実な芸人だった。条件反射なのかもしれないが、持っていたマイクをそいつに向けてしまう。この場面で動いているのはそいつだけなんだから仕方ない。


「あなたの周りに変な人っていませんか? 外見でも性格でも」

 そう尋ねながら、あんたが一番ヘンだけどな、と思う。

「オラハシンジマッタダ~」

 そいつが言った。なんだか聞いたことのあるようなフレーズ。答えにはなっていないが喋れるらしい。

「いや、あなたは生きてますよ」

 そう言ってみる。

「ナニコレ。クレ」

 そいつが俺のマイクを掴もうと手を伸ばす。いや、それは大切な仕事道具だし、俺の私物ではない。それに渡したら最後、二度と返ってこないような気がする。俺はマイクを両手で強く掴むとそいつから体ごと遠ざかろうとする。そうすると周りの硬直した様子が再び目に入ってきた。相変わらず微動だにしていない。一体何がここで起こっているんだ。


 いや待てよ?

 なんか微妙にさっきとはポーズが違っているような。中腰だった奴は今はまっすぐに立っているし、自転車の子供はさっきより少しだけ前に進んでいるような気がする。

 そして俺は気づいた。時間がゆっくり進んでいるんだ。

 となると、俺の頭がおかしくなったのか、夢か幻覚でもみているのかと疑うしかない。

 しかしマイクを奪おうとするそいつはしつこかった。これがマボロシなら視聴者からのクレームを畏れる必要はない。マイクをそいつの手に届かない高さに持ち上げると、片足を振り上げそいつの小さな体を蹴って押しのける。

「いい加減にしろ」

 だがそいつは近づいてきた時みたいにピョンピョンとマイクに向かって何度もジャンプし続ける。全く届きそうにないのに諦めようとしない。


「なんでそんなに欲しいんだ?」

 俺はマイクを少し下に下げてやった。慌てて奪おうとしたそいつの目の前からマイクを取り上げると、再びマイクを頭の上にかざす。そいつは小さな顔に悔しさをにじませた。出目金みたいな顔だが意外に可愛い。

「それクレたらもっとヨイものアゲルよ」

「良いものってなんだ?」

「マホウランド入場ちけっと」

「なんだよ、それ」

 そんな正体不明な物と大切なマイクを交換はできない。

「ダメだな」

 俺は無情に告げる。するとそいつは、

「3まい」

 と箸みたいに細くて長い指を三本立ててみせる。

 いや、数が問題ではない。仮にそいつが太古の恐竜のそっくりさんとか、イケメンねずみのいるテーマパークの貴重なチケットだったとする。それでもダメなものはダメ。俺は首を横に振った。いい加減この夢から目覚めたい。長すぎて面倒だし疲れた。だがその時。


 目の前のちびっこは、自分の薄っぺらい胸にずぶりと自分の長すぎる三本の指を突き刺した! 

「うわあ!なにしてるんだよ!」

 俺は思わず叫ぶが、血しぶきが飛ぶ様子もなく、再び指は胸の中から出現する。変な形の注射器みたいな物を握りしめて。俺が「それなに?」と尋ねる前にその注射器は俺の太ももに突き立てられた。

 痛みはなかった。だが、みるみる全身から力がぬけていく。俺は立っている事が出来ず、その場に倒れこんだ。

「なにしたんだよ……」

 倒れてもなお俺がしっかり握りしめていたマイクを、そいつは意外な程の馬鹿力で奪いとると、来た時同様ピョンピョン跳ねながら遠ざかっていった。だが俺はしっかり見ていた。そいつが10回ほど跳ねた後、そのジャンプは急に高度を増し、ついには商店街のアーケードの天井を突き破って、そのまま小さな体が上空へと消えてゆくのを。


「バカヤロウ、マイクを返せ……」

 倒れたまま腕を伸ばした俺は、自分の指と指の間に何かが挟まっているのに気付いた。それは3枚のキラキラ光るカード。虹色に輝いてとても綺麗だったが、マイクと交換するほどの価値があるようには見えなかった。だいたいマホウランドってどこにあるんだよ。せめて場所を教えていってくれ。

 だがその時、俺の耳に突然周囲の喧噪の音が戻ってきた。スタッフ含め周りの人間たちがざわざわと動き始めている。

「井狩さん?」

 倒れっぱなしの俺に、女性スタッフが心配そうに声をかけてくれる。よかった。俺以外はみんな無事なんだね。しかし俺の手にマイクはない。あの白昼夢はもしかすると夢ではなかったのか。

「あれ、井狩さん。マイクは?」

 スタッフに尋ねられる。

「盗られた」

「誰に?」

 俺はアーケードの天井に空いた穴を指さす。

「飛んでったよ」

「カラスにでも奪われたんですか?」

 呆れた声で言われてしまう。ようやく足の力が戻ってきて、無事立ち上がることができた。あの注射器の中身はそこまでヤバいものではなかったらしい。

 今起きた謎の現象の事を頭から追い払い、予備のマイクを手に俺は仕事に戻った。だが尻ポケットに残る3枚のカード。これは現実。これについては後で考えよう。


 来年めでたく三十路を迎える俺は今のところ独身。魔法ランドがどこにあるにせよ、同行してくれる家族はいない。でも楽しそうな場所なら後輩でも誘ってみようか。仕事を終えて立ち寄った牛丼屋で魔法ランドを検索してみた。

「あった」

 その名も魔法ランド遊園地! あるやん。よかった。さて誰と行こうか、と脳裏に知人たちの顔を思い浮かべたが。

(ちょっと待て。オランダだと?)

 オランダってどこの? オランダ村? 海外にしたって長崎にしたって俺にはどちらも行けそうもない。何を隠そう。俺は飛行機が怖くてしゃーないのだ。


 だいたいこのチケットはキラキラしているだけで、文字も絵もいっさい印刷されていなかった。

 だがこれがここにあるという事は、あの一件は夢ではなかったらしい。

「馬鹿にしてんのか。実在するなら俺を魔法ランドに招待してみやがれ」

 俺は一人でつぶやく。その一言が運の尽きだったのかも。

 チケットのキラキラがぱあっと俺の1Kの愛する我が家を埋め尽くし、俺は眩い光に目がくらんで何も見えなくなった。

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