第8話 甘い毒、苦い蜜
美術の授業での、あの蓮見先生の、まるで霧のヴェールを一枚ずつ剥ぎ取っていくかのような、静かで、しかし鋭利な言葉の刃――「まるで、二つの魂が一つのパレットの上で混ざり合おうとしているかのようだわ」――それは、私たち、水無月澪と東雲晶の周りに、もはや隠しようもなく立ち込めていた、特殊で、どこか危険な香りのする親密な空気を、さらに濃密で、そしてどこか息苦しい、まるで水底に沈んでいくような粘性を帯びたものへと変質させた。私たち二人の間にだけ存在する、言葉には決して表せない、しかし誰の目から見ても明らかに「普通」ではないと断じられるであろう特別な関係性は、もはやどんなに巧妙に隠そうとしても隠しきれるものではなく、教室という、狭く閉鎖された、しかしそれ故に残酷なまでに透明なガラスケースの中で、好奇と、悪意と、そして無理解が複雑に絡み合った、まるで粘着質な蜘蛛の糸のような噂話の格好の的となっていた。まるで、白昼夢の中で繰り広げられる、禁断の戯曲の一場面を見ているかのように。
けれど、皮肉なことに、周囲からの、まるで肌を刺すような冷たい風当たりが強まれば強まるほど、そして私たち二人の間に立ち塞がる、目には見えないが確実に存在する「普通」という名の分厚い壁が高くなればなるほど、私たち二人の魂は、まるで激しい嵐の中で互いの存在だけを頼りにする二羽の傷ついた小鳥のように、より一層強く、そしてどうしようもなく切実に惹かれ合い、互いの温もりだけを、必死になって求め合うようになっていた。それは、まるで激しい濁流の中で、木の葉のように翻弄される小さな小舟が、互いの脆い船体を必死に寄せ合い、転覆しまいと支え合っているかのような、どこか悲壮で、そしてそれ故に倒錯した美しさを伴う、痛ましい光景だったのかもしれない。私たちは、世界の誰からも理解されないという絶望的な孤独の中で、互いの存在だけを唯一の灯火としていた。
晶は、蓮見先生のあの言葉を、まるで天からの啓示か、あるいは神託でも授かったかのように、自分たちの、誰にも祝福されることのない歪な絆が、ようやくこの世界の誰か――それも、芸術という、人間の魂の最も深遠な部分に触れる鋭敏な感性を持つ蓮見先生という権威――に、その正当性を認められた絶対的な証であるかのように、どこか熱に浮かされたように、そしてほとんど誇らしげに、繰り返し私に語り聞かせるようになった。
「ねえ、水無月さん、聞いたでしょう? 昨日の、蓮見先生のあの言葉。先生は、私たちのこと、ちゃんと、本当にちゃんと分かってくれてたんだよ。私たちが、ただの友達なんかじゃなくて、もっと、もっとずっと深いところで、魂レベルで繋がってるっていうこと。あの先生の言葉は、まるで暗闇の中でずっと探し求めていた、たった一つの道しるべを見つけたような、そんな気がしたの。私たちは、これでいいんだって、私たちのこの、誰にも理解されないかもしれない関係は、決して間違ってなんかいないんだって、そう、はっきりと、そして優しく言ってもらえたような気がしたのよ」
夕陽が、まるで血の色のように燃えながら西の空へと沈んでいく、あの旧音楽室の、埃と古い木の匂いが微かに漂うグランドピアノの前に二人きりで座り、窓から差し込む、世界が終わりを告げるかのように美しい、しかしどこか不吉な赤い光が、彼女の完璧なまでに整った横顔を、まるで舞台照明のように妖しく照らし出す中で、彼女はいつになく饒舌に、そしてどこか現実離れした、熱っぽい興奮を帯びた声で、その大きな、黒曜石のように美しい瞳を、まるで夢を見ている子供のように無邪気に、しかしどこか狂信的なまでにきらきらと輝かせながら、そう私に語りかけた。その声は、まるで熱病にでも浮かされたかのように上ずり、彼女の華奢な白い指先が、ピアノの鍵盤の上を、まるで言葉にならない感情を奏でるかのように、意味もなく、しかし神経質に彷徨っていた。
私は、そんな彼女の、ほとんど盲目的とも言える、純粋で、そしてそれ故に危うい熱狂を、ただ黙って、そしてどこか現実から一歩引いたような、冷静な、しかし深い共感と、そして拭いきれない一抹の不安が、まるで水彩絵の具が滲むように複雑に入り混じった、名状しがたい気持ちで見つめていた。確かに、蓮見先生のあの言葉は、私たち二人の、誰にも理解されない、歪で閉鎖的な関係性を、ある意味で、そして芸術というフィルターを通して、詩的に肯定してくれたのかもしれない。けれど、それは同時に、私たち二人が、もはや決して後戻りのできない、周囲からは隔絶された、危険な、そしてもしかしたら破滅へと向かうしかないような、特殊な領域に深く、深く足を踏み入れてしまっていることを、暗に、しかし明確に示唆しているようにも、私の心の奥底では、まるで警鐘のように聞こえていたのだ。私たちは、甘美な夢を見ているようで、その実、崖っぷちを歩いているのかもしれない。
彼女の、私に対する精神的な、そしておそらくは感情的な依存は、日を追うごとに、まるで真綿が首を絞めるように、あるいは美しい蔦が太い大樹に容赦なく絡みつき、その養分を吸い尽くしていくように、より深く、より濃密で、そしてより強固なものへと、確実に、そして静かに進行していった。彼女は、私の存在なしでは、もはや心の穏やかな、硝子細工のように脆い均衡を、ほんの一日たりとも保つことができなくなりつつあるように、私の目にははっきりと見えた。私がほんの少しでも彼女から視線を逸らしたり、あるいは他の、何の変哲もないクラスメイトと、当たり障りのない、ごく普通の言葉を、ほんの短い時間楽しそうに(少なくとも彼女にはそう見えたのだろう)交わしたりしていると、彼女はまるで飼い主に置き去りにされた、雨に濡れた子犬のような、深い不安と、激しい嫉妬と、そしてどこか私を非難するかのような、痛ましいまでの視線を、私に執拗に、そしてほとんど脅迫的とも言えるほどに送ってくるようになった。それは、まるで声にならない叫びだった。「私だけを見ていて。私以外の誰も、あなたの瞳に映さないで」と。
そして、二人きりになれる場所――それが、昼休みの、埃とカビの匂いが微かに混じり合う、薄暗い階段の踊り場であろうと、夕暮れの、油絵の具と古い木の匂いが満ちた、誰もいない美術室の片隅であろうと、あるいは、あの旧音楽室の、時が止まったかのような、埃と静寂と、そしてどこか退廃的で秘密めいた空気に満ちた、グランドピアノの前であろうと――そういった、私たちの、誰にも邪魔されない小さな聖域を見つけると、彼女はまるで砂漠でオアシスを見つけた旅人のように、あるいは長い航海の末にようやく陸地を見いだした船乗りのように、切実な救いを求めるかのように私のそばに駆け寄り、私の手に、まるで巡礼者が聖遺物にでも触れるかのように、そっと、そしてどこか宗教的なまでの敬虔さをもって触れてくる。その細く、まるで雪のように白い指先は、いつも氷のように冷たく、そして感情の激しい揺らぎを隠せないかのように、微かに、しかし確実に震えていた。
「お願いだから……水無月さんだけは、絶対に、絶対に私から離れていかないで。私のそばから、私の世界から、いなくなったりなんてしないで。あなたがいなくなってしまったら、私は……私は、もう本当に、どうやって一人で呼吸をしていけばいいのかさえ、分からなくなってしまうから。あなたが、今の私の、唯一の、本当にたった一つの光なの。私の、この色のない、灰色の世界を照らしてくれる、生きる希望なのよ。だから、お願い……」
その、まるでガラスの破片のように鋭く、そして痛切な言葉は、甘美な愛の告白のようでもあり、そして同時に、逃れることのできない、重く冷たい呪いの言葉のようでもあった。彼女の、あまりにも純粋で、あまりにも一途で、そしてそれ故にあまりにも重すぎる私への執着は、私の心に、今まで経験したことのないような、天にも昇るような甘美な喜びと同時に、息が詰まるような、耐え難いほどの重圧と、そしてどこか破滅へと向かう運命を暗示するかのような、不吉で、そして甘美な予感をもたらした。私たちは、もはや健全な、対等な友情という、生ぬるい枠組みを遥かに超え、互いの存在そのものに深く、そしてどこか病的に依存し合う、危険で、そしておそらくは破滅的な結末しか待っていないであろう共依存関係へと、急速に、そしておそらくはもう誰にも止められない勢いで、美しくも哀れに堕ちていっているのかもしれない。それは、まるで芳醇な香りを放つ、底なしの毒の沼に、私たち二人でゆっくりと、しかし互いの存在を確かめ合うかのように確実に、恍惚としながら沈んでいくような、そんな背徳的で、そして抗うことのできないほどに強烈な魅力に満ちた、甘美な感覚だった。
そして、私自身もまた、そんな彼女の、まるで狂おしいまでの一途な執着を、心のどこかで、いや、むしろ心の奥底の、最も暗く、最も渇望していた部分で、強く、そしてどうしようもなく求めていたのかもしれない、という、あまりにも残酷で、そしてそれ故に甘美な事実に、薄々というよりも、もはやはっきりと気づき始めていた。
東雲晶が、この私、水無月澪だけに向ける、あの絶対的なまでの信頼と、そしてまるでこの世で最も尊く、最も壊れやすい宝物でも扱うかのような、どこか献身的で、そしてほとんど宗教的なまでの崇拝にも近いような、純粋で混じり気のない愛情。それは、私が生まれてこの方、一度も経験したことのない、強烈で、そして麻薬のように甘美で、心を酔わせるような感情だった。今まで、この世界の誰からも真に理解されることも、心から必要とされることもなく、常に自分自身が作り上げた、孤独という名の、冷たく分厚いガラスの壁の内側に、まるで貝のように頑なに閉じこもって生きてきた、この色のない私にとって、彼女の、私だけを照らし出す、太陽のような、しかしどこか危うい光を孕んだ存在は、まさに何十年も雨の降らない、乾ききった砂漠に、ようやく降り注ぐ、一滴の、しかし全てを潤す慈雨そのものだったのだ。彼女の、私だけを熱っぽく見つめる、あの吸い込まれそうなほどに美しい瞳を感じるたび、彼女の、私だけを、この世界でたった一人だけを求める、あの切実で、そしてどこか掠れた声を聞くたび、私の心の奥底からは、今まで一度も感じたことのないような、天にも昇るかのような強烈な高揚感と、そして自分がこの、灰色の、意味のない世界に存在していることの、確かな、そして揺るぎない意味と価値が、まるで涸れることのない泉のように、とめどなく湧き上がってくるのを感じていた。彼女のためならば、今の私は、何だってできる。どんな困難や障害にも、臆することなく立ち向かえる。そして、必要とあらば、どんな罪だって、どんな禁忌だって、躊躇いなく犯すことができる。そんな、ほとんど神にでもなったかのような、万能感に近いような、危険で、そして抗いがたいほどに高揚した感情が、私の全身を、そして私の魂の隅々までを、完全に支配していたのだ。
私たちは、互いの、決して誰にも見せることのできない、心の最も深い場所にある欠落した部分を、互いの、どこか歪で、そしてそれ故に純粋な愛情で、必死になって、そしてどこか悲壮なまでに埋め合わせようとしている、傷つき、そして彷徨える二つの孤独な魂だったのかもしれない。そして、その、誰にも理解されない、歪な共依存関係が、その内側に致命的なまでの危うさを孕んでいることを、私たち二人とも、心のどこかで、あるいは本能の最も深い部分で、痛いほど明確に自覚していながらも、その、一度味わってしまったら最後、決して逃れることのできない、甘美な毒の抗いがたい魅力から、もはや一歩たりとも後退することも、そして目を背けることもできなくなっていた。まるで、互いの存在という名の、深く、そしてどこまでも温かく、しかし確実に窒息へと誘う沼の底へと、どこまでも、どこまでも、二人で手を繋いだまま、恍惚としながら沈んでいくことを、心の底の、さらに奥底から、強く、そして切実に望んでいるかのようだった。それは、芳醇な香りの裏に、猛毒を隠し持った、苦い蜜の味にもよく似ていた。一度その味を知ってしまえば、決して忘れられない、どこか破滅的で、しかしそれ故に抗うことのできないほどに魅力的な、禁断の果実の、その甘くも危険な味。
そんな、私たちの、誰にも、そしておそらくは神にさえも理解されることのないであろう、閉ざされ、そして濃密な時間が、まるで永遠に続くかのように思われた、ある穏やかで、しかしどこか不吉な予感を孕んだ、静かな土曜日の午後。空には、まるで水彩絵の具を薄く溶いたかのような、淡く儚い雲が、いくつか頼りなげに浮かんでいるだけだった。
私たちは、いつものように、あの旧音楽室の、埃と古い木の匂いが微かに混じり合う、グランドピアノの前で、二人だけの、誰にも邪魔されることのない秘密の時間を過ごしていた。窓から差し込む、午後の気怠い、しかしどこか感傷的な光が、部屋全体を、まるでセピア色に色褪せた古い夢の中の一場面のように、ノスタルジックで、そしてどこか現実離れした、幻想的で美しい空間へと変容させている。晶は、私が彼女から譲り受けた、彼女の魂の欠片が宿るパレットと、長年使い込まれて毛先が少しだけ不揃いになった絵筆を使って、真っ白なスケッチブックの画用紙の上に、新しい、まだ誰も見たことのない色彩と言葉にならない形の世界を、まるで祈りを捧げる巫女のように、あるいは憑かれたように一心不乱に構築していく様子を、いつものように、まるでこの世で最も尊く、最も美しい奇跡でも目の当たりにしているかのような、熱心で、そしてどこか恍惚とした、ほとんど信仰にも近いような表情で見つめていた。その大きな、黒曜石のように澄み切った瞳には、深い、絶対的なまでの信頼と、そして私、水無月澪という、ただのクラスメイトであったはずの存在そのものへの、ほとんど宗教的なまでの、純粋で、そしてどこか盲目的な帰依の色が、色濃く、そして危ういほどに宿っている。
「……本当に、本当に綺麗……。水無月さんの指先から紡ぎ出される世界は、どうしてこんなにも、胸が締め付けられるくらい切なくて、そして同時に、涙が出るほど美しいんだろう……。まるで、私の心の奥底にある、言葉にならない、ぐちゃぐちゃで、どうしようもなく醜い感情を、水無月さんが代わりに、こんなにも繊細で、こんなにも美しい形に、浄化してくれているみたい……。ありがとう、水無月さん……本当に、本当にありがとう……あなたは、私の神様だわ……」
彼女は、まるで夢現の狭間を彷徨っているかのように、うっとりとした、どこか熱に浮かされたような声でそう囁いた。そして、その細く、まるで雪のように白い、しかしどこか病的なまでに冷たい指先で、私がスケッチブックに絵筆を走らせている、そのすぐ傍の手の甲に、まるで蝶がそっと花の蜜を吸うかのように、あるいは巡礼者が聖母像の足に接吻するかのように、そっと、そしてこの上なく優しく触れてきた。その瞬間、私の全身に、まるで微弱だが心地よい電流が走り抜けたかのような、甘美で、そしてどこか背徳的な痺れにも似た感覚が、脳髄から指の先までを貫き、私の思考を、そして理性を、完全に麻痺させた。
――このまま、この二人だけの時間が、永遠に、永遠に続けばいいのに。この、誰にも理解されない、閉ざされた、しかしそれ故に完璧な調和に満ちた世界の中で、誰にも邪魔されることも、誰にも汚されることもなく、ずっと、ずっとこうして、二人だけでいられたら……。
そんな、現実には決して叶うはずもない、しかしそれ故に強烈な願いが、私の心を、そして私の魂の全てを、強く、そして抗いがたい力で支配した、まさにその時だった。
不意に、彼女が、まるで背後から冷たい刃物でも突きつけられたかのように、はっと鋭く息を呑み、私の肩越しに、旧音楽室の、少しだけ開け放たれたままになっていた、古びた木の窓の外を、恐怖と驚愕で凍りついたような、信じられないものを見る目で、ただ一点を凝視した。その顔からは、さっと全ての血の気が引いていき、まるで精巧な白い蝋人形のように無表情になる。
「……あ……あそこにいるのは……もしかして……穂乃花……ちゃん……?」
彼女の、か細く、そして明らかに恐怖で震える、ほとんど声にならないような声に促されるようにして、私もまた、何か不吉な予感に胸を騒がせながら、慌てて窓の外へと視線を向けた。
そこには、数メートルほど離れた、校舎の裏庭に植えられた、濃い緑色の葉を鬱蒼と茂らせた、古いツツジの茂みの陰から、まるで地獄の底から這い出てきた亡霊のように、あるいは全てを見透かす冷酷な神の使いのように、橘穂乃花が、私たち二人の方を、何か決定的な、そしておそらくは破滅的な瞬間を目撃してしまったかのような、鋭く、そして燃えるような憎悪と、どす黒い嫉妬に歪んだ、恐ろしいほどに冷たい、そして底知れない狂気を孕んだ表情で、じっと、本当に、まるで私たちの魂の奥底までも見透かそうとするかのように、微動だにせず凝視している、その忌まわしい姿があった。
その、私たちに向けられた目は、もはや普段の彼女が、クラスの他の生徒たちに向けるような、能天気で、底抜けに明るい、人懐っこいものでは全くなく、まるで獲物を確実に仕留めようとする、冷酷で、執拗で、そして一切の容赦もない、獰猛な肉食獣のそれと酷似していた。彼女の手元で、何かが、キラッと光った。その震える手には、証拠を確実に押さえるためであろう、小型の、しかし高性能そうなデジタルカメラのようなものが、まるで武器でも握りしめるかのように、硬く、そして力強く握られているのが、夕暮れの赤い光の中で、遠目にもはっきりと、そして絶望的に見て取れた。
――見られた。全て、全て見られてしまった。私たちの、誰にも、絶対に知られてはならない、この二人だけの秘密の聖域も、そして、この、言葉では到底表現することのできない、あまりにも特別な、そしてそれ故に危うい関係も。
その、あまりにも残酷な現実を認識した瞬間、私たちの間に、まるで薄氷のように危うく、しかしそれ故に美しく流れていた、あの甘美で、そしてどこか背徳的なまでに濃密な空気は、まるで鋭利な、冷たいガラスの破片で、無慈悲に、そしてズタズタに切り裂かれるかのように、あっけなく、そして無残にも粉々に砕け散ってしまった。
代わりに、そこには、もう決して逃れることのできない、絶望的で、そして確実な破滅の冷たい予感と、そしてこれから先に、私たち二人を容赦なく待ち受けているであろう、想像を絶するほどの困難と苦痛を暗示するかのような、重く、そして息もできないほどに息苦しい、完全な沈黙だけが、まるで巨大な、冷たい死神の影のように、深く、そしてどこまでも不吉に漂い始めていた。
私たちの、歪で、しかしそれ故に、ある意味では完璧なまでに美しかったはずの、二人だけの小さな万華鏡は、今、まさにその、最も脆く、そして最も美しい模様を描き出していた中心から、大きな、そして取り返しのつかないほどの亀裂音を立てて、修復不可能なまでにひび割れようとしていた。そして、その無数の、痛ましいひび割れの向こう側に見えるのは、もはや私たちを照らし出す、淡く儚い希望の光ではなく、ただただ深く、そしてどこまでも、どこまでも絶望的に続いていく、救いのない、漆黒の闇だけなのかもしれない。
晶が、まるで溺れる者が最後の力を振り絞って、浮き輪にでもしがみつくかのように、私の腕を、爪が食い込むほどの、必死の形相で強く掴み、何か言葉にならないことを必死に訴えるように、しかし恐怖で声も出せずに、ただ大きく、絶望的に見開かれた瞳で、私を、まるで最後の救いを求めるかのように見つめていた。その、濡れて震える美しい瞳には、純粋な、子供のような恐怖と、そして私、水無月澪に対する、ほとんど悲鳴に近いような、絶対的で、そして盲目的なまでの救いを求める光が、痛々しいまでに、そして狂おしいまでに揺らめいていた。
「お願いだから……水無月さん……っ、あなただけは、絶対に、ぜったいに私を裏切ったりしないで……お願いだから……絶対に、私のそばから、どこにもいなくなったりしないで……お願いだから……お願いだから……っ!」
その、魂の奥底からの、ほとんど獣の咆哮にも似た、切実で、そして絶望的な叫び声が、夕暮れの、世界の終わりを告げるかのように不吉なほどに美しい、静寂に包まれた旧音楽室の中に、いつまでも、いつまでも、まるで永遠に続くかのように、痛ましく、そして悲しく響き渡っていた。
私たちの、甘美な毒のような共犯関係は、その猛毒の裏に隠された、苦い蜜の味がする破滅へと、今、まさにその、逃れることのできない、決定的な第一歩を、否応なく、そして無慈悲に踏み出そうとしていた。そして、その先には、もはやどんな奇跡も、どんな救いも、存在しないのかもしれないという、圧倒的な絶望感だけが、私たちの心を、そして未来を、完全に覆い尽くそうとしていた。
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