美少女の比崎さんは、毒舌なのにやたら俺にだけ距離が近い。
小説初心者
第1話
◆ ◇ ◆ 隣の席は毒舌美少女
「……………………俺の番号は12番か」
右手に握られた小さな紙には大きく書かれた数字が真っ白の空白を満たしていた。この数字、たったこの紙切れひとつでこれから過ごす俺の半学期の行く末が決まると言っても過言ではない。こんな心底くだらない事で、と思われるかもしれないが陰キャにとっては結構重要な行事の一つなのである。
そして、俺は前の黒板に視線を遣る。チョークで描かれた席替えの表に思わず心臓が早鐘を打ち始めるのを感じた。
担任によって1、2と順々と表に規則的とは反して雑把に数字が埋められていく。
……えーっと12番、12番どこだどこだ!
受験生が自分の番号を探すように必死に数字を目で追う。
「最後列か……」
「お前まじでキモいなッ……! 不真面目なくせに運だけつけやがって!」
嬉しさを露にすると、現在隣の席である茶髪のセンター分けが怪訝な顔を浮かべては悔しそうに天を仰いでいた。
「それはお前だろ。毎朝毎朝、辛気臭い顔を見せやがる上にうるせーし……」
「勝ち組の言葉は聞きたくねぇ」
隣の悪友は最大限の悪態をついた。
さっきまでのキリスト像によくある両手を合わせた祈るポーズから俺は脳内でガッツポーズをした。コイツと過ごした一学期の席での事を思い返すだけで本当に最悪だったとついつい口を尖らせそうになる。
俺に話しかけまくるせいでとばっちりを喰らって先生から怒られるし……平穏で過ごしたいと思って、あまり目立ちたくなかったにも関わらず嫌に目立つ羽目になってしまった。多分、クラスでの俺の評価は寡黙キャラ(つまり陰キャ)で変な奴という扱いから不名誉な烙印を押されているに違いない。はぁ、最悪だ。
とにかく、これで半学期は安泰。これでやっと後ろの席で目立つことなくやっていけるだろう────
──と、この時までは思っていた、思っていたのだ。
◆ ◆ ◆
「はい、じゃあこれからの席へ移動して〜!」
席の割り振りを終えた担任が早く移動するように急かすと、周りの生徒たちは机の中にある教科書を抱えては新たな次席へと向かい始める。ザワザワと教室の空気が揺れ始めた。
もちろん、俺も同様に通学鞄を掲げて移動する。
──隣の席は女子か……緊張するな。
第一に、知ってもらいたいのだが俺は紛うことなき生粋の陰キャだ。しかし、コミュニケーション能力の無さを理由に何も話す事なく引き摺っていては本末転倒、これから気まずい未来になるのはゴメンだ。
金髪ギャル。陽キャ男子、あぁ構わない。とりあえず、しっかりコミュニケーションを測れると思われるのに専念しなければならない。生きるとは世間でいうマイナスな面を隠して本当の自分を偽る、揉め事をいかに回避して手っ取り早く社会に馴染んでは良好な人間関係を形成するかどうか──それこそが社会を『生きる』という意味なのだ。
これほど哲学チックに物事を語るのだからさぞかし名を馳せた偉人の名言と思うだろうが、ただの生後16年を迎えた俺の戯言だ。ハハッ、残念だったな。
その思考が陰キャ? 現実主義者と言って欲しい。
ひとまず、鞄を机の上に置いて挨拶を試みる。
「初めまして。今日からこの席になる名前は
したのも束の間。
「あなたの話に全くもって興味無いのだけれど。それに自分語りはやめてもらえないかしら? 不愉快ね」
「え、え……?」
………………は? 何、どういうことだ?
不意な返しに動揺して声がどもる。
彼女のキッとした鋭い眼光は俺の姿を確かに見据えていた。まるで、蛇に睨まれた蛙のように縮こまって次の言葉を探そうにも適したのが見つからない。
周りは新環境で楽しげに話している中、俺たち二人の空間だけ明らかに異様で温度感が低い。低いではなく、自ずと低くされているんだ、この子に。
我に返った俺はかぶりを振る。
このまま終わらすわけにはいかないのだ。
「でも、これからずっと隣の席になるわけだし一応自己紹介くらいした方がいいんじゃないのか……?」
「無理な相談ね」
「ともかく、しておいて損はないと思うんだが……」
「ふーん。なら、あなたが一人でやったらいいじゃないの? 別に私は聞いてないから意味ないけれど」
「おい……」
話は如何せん膠着状態だ。
……おいおい、どうすればいいんだよ!
両手で頭を抱えたくなる。丁度その時に担任の鶴の一声が放たれた。
「ちょっと先生、職員室にプリント忘れたから自己紹介でもしといてくれ」
「らしいぞ。ほら、言っただろ?」
「……………………」
「いや、なんか言ってくれよ……」
声の方に向けられた顔をぐるりと回して目を遣る。
数秒ほど沈黙の時間が間を埋める。すると、彼女は溜め息を吐いて渋々口を開き始めた。
「あなたに名前を言うのは気が滅入るのだけれど……いいわ。私は
スンとした表情で抑揚もなく単調に自己紹介を済ます。
果たしてこれを自己紹介と捉えて良いのだろうか。つーか、語尾の言葉はいらんだろ……言わなくてもいいだろ。嫌味を言わなきゃ気が済まない性格なのかよ! と、言いたくなったのだがどうせ、末には百万倍になって返ってくる、なら言わないほうが断然マシだろう。現状維持ほど素晴らしいものはないのだから。
思いを固唾と一緒に胃へ落として、代わりの返答を息と一緒に吐き出す。
「…………………………ああ、うん」
「そんなに見られたら気持ち悪いのだけれど」
比崎は自分の体をぎゅっと抱き締めて身を若干引いた。
「おい、なんでだよ! いくらなんでも言い過ぎじゃないか?」
「だって淫猥な目で見られたら気持ち悪いと思わないの? もしかしていろんな女子にその視線向けてる? なら、友達いないのも納得ね」
「うっせーよ、お前もいねぇだろ」
「淫猥には触れないのはつまりそういう事?」
「……んなわけないだろ! 紳士だよ紳士」
「誤解されたくないし友達に関して言うと、私はあえて一人を好んでいるわけで作ろうと思えば作れるから。あと、定期テスト学年1位になってから言ってくれないかしら? ね、変態おバカさん」
…………ッ!! 殴りてぇ……コイツ!
ああ言えば、こう言う。ガチで苦手だ、こういうの……席に関しては神だが横の人が怖すぎるだろ! いわゆる、自己中お嬢様って感じだ。
「それにしてもあなた、ネクタイが乱れてるわよ。だらしないからちゃんと直しないさいよ」
「…………? ああ……」
「ちゃんと服も着られないの? ママに着せてもらう?」
「それくらい着れるっつーの」
──はーッ、うっぜぇ!
次から次へと……。
軽蔑した眼差しで俺の首元に視線を集中させた。
口角を上げては言ってやった風のニヒルな笑みを見せる。
……は〜、可愛くねぇ〜の。なんだよこれ、ずっと高圧的に説教喰らってる感じがして凄く居心地が悪いんだよな。大人しくて可愛げのある女の子なら良かったのに……くそっ!
性格はこの際置いといて顔は可愛いことに変わりはなかった。だから、目の保養で事足りるのだ。
────比崎美月。
もちろん、同じクラスなので一学期の時点でこの女子の存在は嫌でも知っていた。容姿端麗、成績優秀。おまけに家は日本を代表する比崎財閥の令嬢で超がつくほどの大金持ちである。噂では地元のスーパーに行く時はブガッティだったり別荘は海外の各地にあるとか……知らんけども。
じゃあ、性格も良いだろうとはならず令嬢だからか知らんが、今俺がやられたように会話のキャッチボールは球速160km越えのストレートばかりで到底鋭過ぎるあまりキャッチできるはずもない。偏見で申し訳ないが、令嬢と聞くとお高くとまっているように思えて自分勝手な印象がある。
彼女のそのツンケンぶりで言えば、被害者は無数といる。整った容姿からナンパされるのは日課の如くひとつ上の先輩や他クラスの同級生に言い寄られたりと、確かに性格を知らずにいたならば言い寄ってしまうのも仕方ないと思える──淡青色の長髪にすらりとした体型、宝石のように輝く瞳は流石に目を見張るものがある。性格を除けば最高。
告白の成功例を見たもの聞いたものは依然として存在せず、ことごとく彼女の性格から繰り出される悪辣なセリフに粉砕されてしまっている生徒も少なくはない。
その時に比崎が発する言葉は決まってこうだ。
『気持ち悪いから目の前から消えて。不愉快なの』
これを好きな人に言われた日にはもう精神崩壊してしまうに違いない。軽い鬱を発症してしまう。
しかし、それでも懲りずにナンパする者も。
──こんな風に。
上履きを床と擦る音が前から聞こえる。
そして止まった場所は比崎の目の前だった。
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