ブラックサンタは今日も舞う

霜月 冬至

夢無き職

サンタ。


2×××年現在に於いて消滅...いや、生まれた職業だ。

そう、なんだ。

アイルランドからおっちゃんがサーフィンして配達する訳でも、

NORAD北米航空宇宙防衛司令部が観測するソリでも、

ましてや、受取人の両親の愛ある嘘でもない。

パスポート無しで出入国自由、不法侵入くらいはお咎め無し。

高給取りのクズ共の犯罪の隠れ蓑、畜生の巣穴と化している。


ーーーまぁ、私達も同じ穴のムジナなんだがな。


愛美まなみちゃーん!そろそろ行くよー?」


相棒の呼び掛けに、仕事着に袖を通しながら返事する。


「あいよー。」


同じ穴、とは言ってもそんな悪行の為にコレをやっている訳ではない。

いやまぁ、給料の為という点ならアタシはそうだけど...。


「本日の配送先はー...っと。」


仕事着に身を包む彼女は別だ。

 和嶋 苺わじま いちご

近年、治安の悪化に伴い軍需産業で急成長を果たした和嶋財閥、三女。

会社の継承権こそないが、子煩悩なご両親CEOは長男長女次女と同様、

三女の苺にも結構な額のを渡している。

それとの収入が合わさると、ボンクラに恵む余裕ができるらしい。

...現在年収、1000万。


もっと別の場所に金突っ込んでくれよ、使えねぇよぉこんな大金...。


「もぉー...。だからちゃんとした服着よう?

普段着は兎も角、仕事に使う服はウチの商品無料なんだよ!?」


「いいって...。ある程度使い慣れたのじゃないと

やりずらくってしょうがないんだ...。

それにさ...その、折角のプレゼント、要らないってのはなんかさ...

申し訳ない、じゃん...?」


「...大切にしてくれるのは嬉しいけどぉ!

それもう3世代は前のやつだよ?

新しい方が性能良いんだからさぁ...嬉しいけど...。」


...だぁーーハズい!本題にちゃっちゃか戻そう。


「んで場所は何処ですか、お嬢様?」


「ぐぬぬ、話を...

というか苺が嫌ならせめてとお呼び!

都内!北部!ちょい郊外!」


「いーやーでーすー。そんでもってクッッソアバウトだなぁ...。

まぁ一応の確認だし良いけど。」


「わかったらレッツゴー!徒歩ね!」


「はいよー。」


運動、知覚機能等補助施術壱式バイオ・エクス 甲 

治安悪化、その主要因が一つ。

薬剤、機械その他諸々を四肢や臓器へブチ込む施術。

インターネットへ接続し、ズブの素人が

スポーツ経験者をのせる程度に身体、脳の処理を加速させる。

どっかの金持ち共の専売特許。

...の筈だが、どうしたことか出血大サービス価格で突如一般公開。

希望者が大挙して施術可能な場所へ向かった。

光にバカが、集まった。


そしたらもう、出るわ出るわ副作用。

感情抑制低下、情動反応鈍化、非強化部位への高負荷、知覚過敏。

死亡率4割。残りは路上生活か、な病院へゴーだ。クソが。

今思うと、データの収集かなんかだったんだろうな。

その後すぐ、運動、知覚機能等補助施術 弍式バイオ・エクス 乙 とか出てきたし。バカ高ぇけど。

こっちは諸々の副作用は勿論なし、機能改善が見られた。素晴らしいな?

正直、苺が弍式受けてるって聞いた時めっちゃ狼狽した。度胸あるよなぁ...。


だからもう着いてくのも疲れる。


「おーいちょっと待てよー...。」


「そんなこと言ってる割には

乙の私に着いて来てるよね?どうやってるのそれ。」


「んー...企業秘密。」


体捌きとか、地形利用とか、あとシンプル膂力。

...平静装ってるけどこれキツい。普通に息切れる。


「あと...どんくらいだ?」


「もう着くよー、着いた!」


ちなみに、サンタとは言っても聖夜のみの活動じゃない。

運送業全般を年中無休(午前又は午後のみ)担当している。

おかげで運送系の会社とかは軒並み倒産だ。需要ねぇとそうなるわな。


「よーし、そしたら届けてくるねー。」


「あいよ。気をつけてなー。」


...さて。やっと仕事だ。


「おーいお姉さん、そこ俺らの仕事先なんだけどぉ?

ジャマぁすんなよぉ。なぁ?」


チッ。5人くらいの野郎サンタ集団か。キッショい顔してるわー...。


「コッチの担当地域ですよ?ちゃんと確認なさってください。」


担当地域はデータで送られてくる。いちいち書類に直さなきゃいけないから、

紙で送ってくんねぇかなぁ...。


「紙とか...ってか服装もそうだしさぁ、最近始めたばっかっしょ?

慣れてない子が出しゃばっちゃ困るんだよなぁ...!

これからなんだ。まぁ相手なってくれんなら別に歓迎だけどな?」


本日最初の家は、娘さんとお母さんの二人家族。つまりそう言うことだ。

頬に手を伸ばしながら言ってくる。キモい。

こんなだからサンタ=犯罪者みたいに言われんだよ...。


「あっそ。」


薄汚ぇ手を払って懐に入り込み、足を払って投げる。


「はっ?」


大外刈り。やる事はシンプルだ。

足を払って崩したら、梃子の要領ではっ倒す。


「ガッ...!?」


おし、まず一人。


「さて。掛かってこいよクソガキ共、お姉さんがしてやるよ。」


バイオ・エクスの欠点。筋力強化とは言っても、サイボーグ化してる訳じゃねぇから

耐久はあんま変わらん。ちょっと強めにぶっ飛ばせば意識は飛ばせる。

そんでもって、コイツらはとくに武道、格闘技の経験はなさそうだ。


要するに


楽勝!


「こ、こんのクソガキーー」さっきまで黙ってた子分どもも、

ようやく動き始めたーーー遅いがな。


子分Aがまっすぐ突っ込んでくる。一歩前に出て、掌底を顎にブチ込む。

「がぁー!、ッッ」


「ほーれ舌噛む、ぞっ!」つんのめった小太りデブに前蹴りをプレゼント。

ドミノ倒しでもう一人。一石二鳥だな!


んで最後の一人...は腰が抜けてらぁ。


「おーいどしたー?折角お姉さんと殺れるチャンスだぞー?」


「ばっ、化け、化け物...。

おまっお前、で...全員...こ、殺」


「いや殺してねぇわ。素人相手に手加減ミスる訳ねぇだろ。

お前ら自分を買い被り過ぎだバカタレ。

...ただし、もしもう一度こんな真似したら。」


「...したら?」


「...ブラックサンタって知ってるか?

海外だと、赤い服のサンタの他にもう一つ、聖夜にやってくるんだ。

悪い子を連れ去ってちゃう、怖ーい怖いサンタさんだ。

...気をつけろよ?」


「ク、クソっ。」


「あぁいいよいいよ連れてかなくても。

救急車呼んでるから待っときな。」


「...何処の?」


「だーかーらー、どんなクソ女だと思ってんの!?やる訳ないでしょ...。

相方も戻って来たからアタシも帰るわ。これに懲りたら悪さすんなよ!

じゃあな。」





「うっひゃー...死屍累々だぁ。」


「とっとと行こう。依頼人も含めて何言われるかわからん。」


「えー?少なくともあの人達はめっちゃ感謝してたよー?

娘さんなんか『騎士みたい』とか言っちゃって、惚けてた。」


「剣なんか使ってねぇんだよなぁ...。ほら、

早く行くぞおn...苺。」


「お?言った?言ってくれたよね今ね?

やったー!」


「う、うるさいっ!さっさと行くぞ!まだ数十件残ってんだから!」


うぐぐ...締まらねぇなぁ...。



順調に残りを終えて、

ちょっとしてない豪邸へ帰宅。


「あー疲れた...。」


「はぁーいお疲れー...。」


「「ふぅ...。」」


...。


「「最初はグージャンケンポン!」」


「あぁ!?一番風呂がぁ!?」


「はっ!姉に勝る妹などいないのだよ!」


「クッッソマジで腹立つぅ...!あと妹じゃねぇ!」


「...って言うかさ、女の子同士だし一緒に入れば良くない?」


「えー...。」


「えっそんな嫌?そこまで引かれると傷つくよ流石に。」


「...うるさいじゃん、その...お、お姉ちゃんっ。」


「ーーー!!!静かにします!しますから入ろ!ね?!」


「...うん。」


そもそも...拾ってもらった恩があるから、求められたことは

可能な限りどころか一も二もなく従うべきなんだろうけど...。

ホント、優しい人だ。


「...。」


「...どしたの?」


「いや...別に。」


...おっきい。身長もそうだけど...すごい。

きゅっきゅっきゅのアタシとは比較にならないな...。

一体何キロなんだろ...。


「待てぃマイシスター、バスタオル着けないの?」


「...着けた方がいいの?」


「うーん、まぁそうだね。」


だって...恥ずかしいがるモノも、支えなきゃキツいモノも、無いし。

暖かい湯船にゆーっくり浸かる。


「「ふあぁ...。」」


我ながら間抜けな声だなぁ、と思いながらもお風呂の魔力に

完全敗北を喫する。


「んぅ...。」


あったかーい...。ポッカポッカー...。


「...よし。」


あれ?背後に回られて...


「ぎゅうぅー...。」


「っびゃあ!?」


「隙あり〜♪」


やわっ...でっk...。

...暴力的な感触が背中にのしかかる。アタシが男だったら

死んでいたんじゃないかな。主張がすごい。


「やっ、やめ...。」


「ゼーッタイ無理ー♪」


「離...くっっそ。」


「シンプルな筋力じゃあ乙に勝てないでしょー?

大人しく私の腕に収まってなさい!子猫ちゃん!」


「シャアーーー!!」


「諦めろ、貴女はすでに包囲されているー♪」


クッソ...もういいや。ご褒美だとでも思っとこう...。


「よーしよし...いい子いい子。ナデナデ〜。」


あったかい...眠い...心の底から安堵が溢れてきて...

いし き が


「...安心して寝ちゃった、のかな?普段しっかりしてるのに

あったかくなるとすぐ寝ちゃうんだか...ら。

...なるほど、だから...。」


、と思った。

が、が、寂しくて泣いているというのに。

求められたいという、油ぎって凝り固まった汚い欲求が満たされた、気がした。

ある日突然、グロテスクで需要の無い昆虫へ変生しているんじゃないか、

なんて不安が拭えない。だから、サンタになった。誰かを助けて、

自分が世界に必要な存在だと勘違いする為に。

この子に私の嘘を擦り込んで、正義のヒーロー気取りで生きている。


どろどろした感情が、情欲と承認欲求が、無防備な彼女へ手を伸ばそうとしている。

私と同じシャンプーを使ってサラサラになった髪。

私を守ろうと奮闘する、小柄でそれでいて逞しく、その癖私に

力で負けてしまう肢体。私の事は疑わないし、頼み込んだら大抵のことは

受け入れてくれる。そんな純粋だから。

ブラックサンタなのに...悪い子を矯正する子なのに、

いっちばん身近な悪い子に、絡め取られちゃうんだよ...?

こんな、目の前にある餌に飛び付くしか能のない愚か者の前で。

我慢の効く智者相手みたいな態度取っちゃう、貴女の...所為。




ハッ、ガボッッボなんか押し倒されてる!?!?

ばっべっべ退いて...バァあああおいしょおおお!!


「はぁっ、はぁっ、はぁっ。

ど...どうしたの?」


「...ごめん!寝落ちしちゃってさ...大丈夫?」


「ギリギリ...だいじょう、ぶ。」


「...寝よっか。」


「...うん。おやすみ。」


足早に浴場から立ち去る。

。あんな顔、初めて見た気がする。

泣きそうな顔だった気もするし、いつも通りの可愛い笑顔だった気もするし...

強い疑問を、抱いているような顔だった気もする。

...とりあえず、寝よう。頭がごちゃごちゃしている。


ーーーそうして、。一番身近で、大切な人から目を逸らしたまま、

ブラックサンタは夜を越す。








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ブラックサンタは今日も舞う 霜月 冬至 @satukitks200857

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