訪問者

小島蔵人

それは、わたし自身について

 仕事を辞めて自由な時間が増えた。いや、増えたなんてもんじゃない。朝起きてから夜寝るまで、まるっきり自分の時間だ。なにをしてもかまわない、誰も文句を言わない。いや、誰もなんて、そんな人間たちがそもそもいない。

 わたしは一人だ。いまや、そう一人だ。

 かつて、わたしの周囲をいったいどれだけの醜悪な人間たちが通り過ぎていったことだろう。

 仲間を裏切る会社の同僚、舌なめずりする商売人たち、親切を装い自分への恩を売る親戚の長老たち。友達だって。

 いや友達は……。つまり、そもそもわたし自身も醜悪なのだ。わかっている。

 たとえば、朝目覚めてベッドをおり、階下へ下り、リビングのソファに腰かける。カーテンはまだしまっている。朝の光がカーテン越しにてくる。光は意識だ。眠っていた身体を現実の生活へと誘い、日々のゴタゴタ、ドロドロの人間関係、あるいは何もない空虚でただ過ぎてゆくだけの時間へと、わたしを陥れる。

 だからさ、だから、人生なんて、つまらない、悲しいばかりだし、ばかばかしい。でもそれは、わたしだけのことかもしれない。

 この家はわたしが建てたものではない。母が子供たちのために建てた。もとよりわたしにそんな財力はなかった。わたしは社会の片隅に追いやられる、どんくさくて気の利かない、男だった。

 そうなんだ、つまり、そうして生きてきた今のわたしがいるんだ。

 妄想は夢の続きや、かつての現実を伴って、わたしにまとわりついてくる。

 今のわたしに醜悪で苦痛を伴う人間関係はない。仕事を辞め、一人また一人とただでさえ少ない友人たちが去り、子らがわたしの元を離れ、妻が先立ち、残された一戸の家にただ一人存在している。それは寂しさとか迫りくる孤独とか、あとは死ぬだけだという予感とか、限られた感情でわたしを縛り、拘束さえする。

 すっかり年老いた自分を自覚しない訳にはいかない。

 ある朝、リビングへ降りるとそこに誰かがいた。カーテン越しの光の中に佇む誰かが超然と立っている。だが、わたしにはそこにいる人物が見えなかったのだ。それでもそこに誰かがいる。まるで夢の続きのように、あるいはかつて日々のゴタゴタのように。

 「おまえは誰だ」と声をかけた。返事はない。

 「ここはわたしの家だ、わたしは一人だ、なのになんでおまえがそこにいる」

 わたしはもっと怒ってよかったのかもしれない。でも声をかけるという久々の行為に心は弾んでいたのだ。

 返事はあったのだろうか。いや、なかったけれど、聞こえたのかもしれない。

 真実を伝えにきた

 そう聞こえた気がした。

 「真実だって」

 そうだ真実だ

 「この世の中に真実なんてある訳がない」わたしは言った。

 あんたに真実なんてある訳がない

 「わたしにではない、この世の中だと言ったんだ」

 この世の中はあんた自身だ、あんたがこの世の中だ

 「わたしをこの醜い世の中と同じにしないでくれ」 

 あんたこそが醜い、だから世の中はあんた自身だ、だからあんたにも真実なんてものはない

 「じゃあ、おまえはなんなんだ、そんな上から目線で言うおまえはなんなんだ、そもそもおまえがなんでここにいる」

 ここが世の中だからだ、あんたが世の中自身だからだ、そして

 声が途絶えた。

 「なんだ、言いたいことがあるのなら、ハッキリ言え」

 おまえはあんただ

 このあと、奴は姿を消した。時間とともに明るさを増した朝の光に蒸発するように雲散霧消した。

 それがわかったから、もう声はかけなかった。わたしはカーテンを開け、ぼんやりと見なれた庭や近所の家を眺めた。

 いつからか奴が放った、おまえはあんただ、ということばを反芻していた。


 次の日の朝、奴がいた。朝の光にまみれて透明な空気の中にどんよりとした淀みが感じられた。どこか高揚する気持ちを感じながら二階から降りてきたわたしに

 おはよう、と言った。

 「また来たのか」ことばは弾んでいたかもしれない。

 何度でも来る

 「どうして」

 使命のために

 「使命」とわたしは尋ねた。

 奴は答えなかった。代わりにわたしが言った。「なんか、わかる気がする」

 なにがだ

 わたしはそのままリブングのソファに座り、吐息をつき話をした。いったん話だすと堰を切ったようにことばが溢れてきた。

 「わたしは要らない子供だった、あんたは間違って産まれた、産むつもりはなかったのに出てきてしまったと母から言われた、母は一つ上の兄を溺愛していた、兄にお金を使いたいのにわたしのせいで思うように使えないと、子供だったわたしの顔を見て憎々し気に言った

 わたしは人を信用できない子供になった、自分の本心を隠す子供になった、人の顔色をうかがって一人で行動できない子供になった

 私の人生はこの母のことばが重い足かせとなった、社会人になっても人の表情ばかりを気にする、気の利かない、愚図な人間となった

 松永さんという人がいた、いくつか職場を転々としてたどり着いた事務所でのことだ、松永さんは取引先の人でそこは大手の金融機関だった、松永さんはそこの支店でみんなからバカにされていた、役立たずで鈍いし気が利かないとわたしのような者の前で嘲笑した、飲み会となると松永さんは大活躍となった、注文を聞いてまわり、ビールを注いでまわり、仲居さんとの間をとりもち、参加者それぞれのご機嫌をとり、要望に応えて裸踊りをし、退席のときは誰よりも早く出口に走って靴を並べたわたしは松永さんに自分をみた。でも自分にはとても真似できないと尊敬の目で見た。

 ある時飲み会のあと、カラオケへ行く機会があった。松永さんは機器の担当でそれぞれからリクエストを聞いてはセットし、またフロントへ飲み物やつまみのを注文した。わたしは松永さんの隣の席につき、手が離せない時に手伝うようにしていた。

 「松永さんは歌わないんですか」とひと息ついたところでたずねた。

 「わたしは歌いません、いつも迷惑かけているから、こういう場所では黒子に徹します」

「でも松永さん、頑張っているじゃないですか、すごいと思いますよ、ぼくにはとてもできないです」

 「いやぁ、いつもやってるからですよ、慣れちゃっているからわかるんですよ、みんながなにを飲むのか、歌はなにを歌うのか、裸踊りだって慣れると癖になって」

 わたしはこのあとずっと抱き続けてきた思いを実行する。まだ未熟で若かったといえばそうなのだが、松永さんに与えた影響は大きかったと言わざるをえない。

 終盤、みんながそこそこに歌い、酔い、楽しんだところでわたしは言った。「松永さんも歌いましょう、みんな楽しそうだけど、松永さんがさらに盛り上げましょう」

 黒子に徹するとは言え、「いやぁ、わたしは」と言いながらまんざらでもない表情をしたのを見逃さなかった。わたしは「いつもなにを歌うんですか」と問うて、曲名を聞きだしてセットし、松永さんにマイクを渡した。

 「松永、うたいます」と言って立ち上がり、おお、と湧き上がる歓声の中、めいっぱいの声で松永さんは歌った。

 手拍子をして松永さんを盛り上げたわたしは、その場にいた銀行員たちの冷ややかな視線に気がついていなかった。おお、という歓声は反感と揶揄であり非難と憤りであった。そのあとの舌打ちにも気がついていなかった。翌日、職場の同僚から「あれはまずかったんじゃないのか」と言われ、あの場の様子を聞かされた。不安な気持ちを持ったまま一週間が過ぎた後、松永さんは突然移動となった。融資先で経営の傾いた印刷会社への出向だった。当然、左遷だった。この出来事はわたしの胸の中に黒い鋼の異物となって居座り続けた。

 それから松永さんとは一度も会っていない。


 結婚は自分には無理だと諦めていた。そもそも人との関わりが苦手で愚図な自分には向いていない。結婚という制度はその前提として、社会性や行動力が伴ってないとできないものだと思っていた。自分なりにその資格がないと決めつけていた。

 それなのに世の中というものはわからないもので、こんなわたしに好意を持ってくれる女性がいたのである。当然恋愛ではなく見合いであった。わたしのためというより、自分が世話してやったという上から目線の親戚からの見合い話で、六回目に駆けつけたホテルのカフェで、それまでの反応とは違う表情を彼女は見せた。

 「わたし、きれいじゃないから、いつも断われるんです」

 いきなりそんなことを言われてわたしはことばがでない。

 「それに、父は大工で工務店を経営してたんですが倒産しちゃったんです、大工の腕はあるんですがお金に無頓着で経営には向かないなんです、家と土地を売って貯金も全部はたいて、親戚にも借金をお願いしてなんとか負債を返して、そしてこの町に引っ越してきたんです、高校を卒業していたのが唯一救われたことでした、今は親戚に借りた分を返すために家族みんなで働いています」

 「美佐子ちゃん、いきなりそんな話ししちゃって」

 「だってわたし全然条件よくないから、最初に言っておかないと」

 わたしはそんな彼女に引き込まれるように言った。「あなたはきれいです」

 えっ、とわたしを見た美佐子の顔が紅潮してすぐに俯いた。

 「それだったら」とわたしは立ち合いに来たらしい彼女の親戚の人の前で自分のことを話したのだ。

 「わたしは人とうまく話ができません、子供の頃から友達も少なかったです、地味で目立たないとか、人より後ろに下がるとか、部屋の片隅とか、そんなことばが好きで、全く会社勤めには向いてないです、これまで五回は仕事かわっています、これからもかわるだろうし、結婚して妻とか子供を養うなんて自分でも無理な気がしています、だいたいこんなわたしになんで見合い話が来たのか、本当のところ、不思議なくらいです」

 その場にいたわたし以外の全員が呆気にとられた表情をしたが、彼女だけがすぐにクックックックックッと両手で口を覆って笑い出した。そして美佐子さんはこう言ったのだ。「だいじょうぶです、わたしが働きますから」

 一カ月後、わたしたちは役所に届けを出して結婚した。まさに青天の霹靂で、わたしは家族を持つことになったのだ。

 

 子供は二人できた。映見と翔太だ。わたしなりに覚悟と決意が生まれていた。わたしのような人間でも父親になったという現実はきちんと受け入れなければならないという認識はあった。向いてない仕事でもなんとか働かなければならない。美佐子さんだけの収入では苦しいということもある。人並みのことをしてやりたい、と映見や翔太を見ながらそう思うのだ。

 だがいくら決意をしても簡単ではないし、人というのは自分以外の奴らなどどうなってもかまわないのだ。わたしの中には常に松永さんの姿が残っていた。

 「ごめん、またダメだった」といって帰ってくるときの美佐子さんの表情が目に焼きついていく。「だいじょうぶよ、きっと合った仕事が見つかるわよ」と言っていた美佐子さんも度重なると顔やことばに陰りが見えてくる。それがわかるから辛かったし、本当に自分が腹立たしく、そして情けなかった。

 だが、本当の試練は別のところからやってきた。母だった。

 溺愛した兄は母の望み通りに頭脳明晰、成績優秀で、東京の国立大学へ進学し、そのまま東京で就職すると世界を飛び回った。こちらへは一度も帰ることなく、結婚も自分の人生においてリスクの方が大きいと言って独身を貫き、カナダに居をかまえ、国籍を取得して日本人を捨てた。一人遠くへはばたき、わたしも母も父も、その姿を二度と見ることはなかった。

 すっかり落ち込んでいた母の希望は映見と翔太へ向かった。特に翔太への思いは甚だしいものがあり、見ていて嫌悪感を抱くほどだった。

 翔太、翔太、翔太……、と口から洩れるのはかつての兄と同等の溺愛だった。

 わたしは子供たちをかわいいと思いながら複雑な感情に陥ることがしばしばだった。加えて相変わらず仕事が続かず、家族をまき沿いにしてゆく、己の不甲斐なさに苦しみながら、胸の内に憎悪に似たドロドロとしたうねりを抱えていた。 それは誰に対してなのか。私自身かそれとも他の誰かに対してなのか、よくわからないまま抱く焦燥の日々を重たくひきずっていた。

 そしてその日がおとずれた。それは仕方のない結果であり、子供たちは少しも悪くなかった。今ならわかる。日々のわたしの高圧的な態度、それこそが大きな原因だったに違いない。それに対してわたしは激怒する自分を止めることができなかったのだった。

 妻が仕事へ行き、朝ご飯の後片付けをしながら気持ちがすさんでいた。朝の残飯をまとめたゴミ袋を持ち、うすくドア開けて様子をうかがった。そこから世間を見渡し、小走りに収集場所とへ持って行った。そして逃げるようにアパートの部屋に戻ったとき、翔太が「ごめんなさい」と泣きながら嘔吐物の前に立っていた。そばで映見が泣きそうな顔で翔太を見ていた。

 「どうした」と声が出た。わたし自身が驚くほど低く鋭い声だった。

 「ごめんんなさい」と翔太が恐々とわたしを見あげた。

 「急に咳き込んで、吐いちゃったの」映見が祈るように声を出した。

 わかっていた。翔太は喘息もちでたびたび咳き込んで止まらなくなるのだ。

 でも、とわたしの中でざわめくものがある。わたしの中でなにかがブチっと切れる。こらえる。我慢する。

 許せなかった。噴出する怒りがわたしの意識を覆い隠し、身体の中を怒涛のごとく渦巻いた。もう止めることはできなかった。稲妻のように過去の映像がフラッシュバックした。

 「あんたは黙ってなさい」

 「あっち行ってなさい」

 「うるさい、喋るな」母のことばが心を切り裂く。

 「翔太ちゃん、おいで」

 「翔太ちゃん、欲しいもの言ってごらん」

 母のことばがわたしの心を突き落とす。

 わあああぁぁぁぁっ。

 私はいつも遠くから母を見ていた。

 母はわたしを無視した。兄に新しい洋服を買う、おもちゃを買う、カバンを買う、本を買う、レコードを買う。「必要なものがあるなら言いなさい」兄に向って言う。そんな母がわたしに向かってひとこと付け足す。「あんたはいい、そのうちまわってくるから」

 どうして、なんでだ、なんでだよ

 わたしは翔太にとびかかり、倒れた幼児に問いただした。

 どうして、どうして、どうしてダメなんだ、どうしてぼくじゃダメなんだ。

 瞼の中を記憶が走りぬける。

 「うるさい、あんたは黙ってなさい」母が鬼の形相で睨みつける。

 どうして、ぼくはなにもしてない、なにも悪いことしてない。

 どこからかかすかな声が聞こえる。「パ、パパ、やめて」泣きじゃくる映見の声だ。

 「パパ、やめ、て」もう一人、別の声が聞こえる。誰の声だ。悲しい声だった。ひどく苦し気な声だった。

 はっとして、わたしはしっかりと目を見開いた。

 わたしは自分がわが子に何をしていたのか、そこで初めて気がついた。

 わたしはわたしの両手で翔太の首をしめていたのだ。

 衝撃は瞬時に全身を貫いた。驚いてその場を離れた。震えながらわたしは自分の手を見つめた。なんてことを、とつぶやきながら涙があふれ出た。

 なんてことを、なんてことをと両手で顔を覆いながら泣きじゃくった。わたしは最低のろくでもない父親だった。

 「翔太、ごめん」と」泣きながら」謝った。おとうさんはバカだ、ろくでもない最低の父親だと畳に頭をこすりつけながら、謝り続けた。


 ほどなくしてわたしは美佐子さんに連れられて心療内科へ行った。昔はその存在も知らなかったが『心療内科』と掲げた医院を普通に町で見かけるようになった。ハードルが下がってどうにか足がそちらへ向いた。それでも当初はためらっていたが、妻の説得に応じたものだった。

 それからわたしの人生はわずかながら好転した。それは本当に行きつ戻りつの長い歳月で、家族を巻き込んでの旅のようなものだった。ただわたしの母への憎しみや翔太のわたしを見る眼差しを変えることはできなかった。

 結局、これがわたしのつたない人生のすべてだった。


 また朝がおとずれた。目を覚まし、リビングへ下りた。例によってあいつがいて、決められたルーティンのように「おまえはまだいるのか」と話しかけた。

 「いるに決まっているじゃないか、おまえはあんただからな」

 「そうだったな」と笑い、一人の時間を楽しんだ。

 そして次の朝、リビングへ下りると、おまえが倒れていた。

 「どうした」と声をかけ、カーテンを開けて日ざしを入れた。

 わたしはその倒れているおまえの姿がわたしであることに気がついた。倒れているのはほかならぬわたしだったのだ。いったいどうなってんだと戸惑うその瞬間、わたしの身体が浮き上がり、漂うように上り始めた。

 わたしはおまえが言ったことばを思い出していた。「おまえはあんただ」

 わたしはおまえだったのだ。おまえはそのためにここを訪れていたのだ。

 わたしはリビングに倒れたわたしを満足気に見下ろし、わたしの人生を受け入れているわたし自身に気がついた。そして、それからゆっくりと上を見上げた。そこには新しい世界あった。

 わたしの新しい世界だった。


                                   了

 

 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

訪問者 小島蔵人 @aokurakou1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る