第3話 地の底には古来からヒロインとラスボスがおり

「ぐっ……!!!」


 ベキリ。


 骨が折れた音がした。


 鋭く痛む右足をかばうように前転。なんとか岩壁に激突し停止する。

 ひどく背中を打ち付けたらしく、すぐに起き上がれない。


 着地には失敗したけど、生きてるだけましだな。


 折れているのは右足だけ。付与魔法だけでこの程度のダメージに抑えられたならまあ、健闘した方だろう。


 右足を付与魔法で補強し、岩陰まで移動するとほっと一息をつく。


 頭上を見上げてみるが、上下の間隔が狂うほどの闇に包まれた縦穴がぽっかりとその深淵をのぞかせているだけでなにもないに等しい。


 対して、今いる底は明るかった。壁面や地面から生えている水晶が淡く青白い光を放ち、周囲をうすぼんやりと照らしているため、縦穴の底の全容を把握するのに時間はかからなかった。


 岩陰から少しだけ顔を出してみるが、魔物の類の気配はしない。足元はところどころ水たまりがあるものの、移動には困らないようだ。


「っ……! よりによってなんで足折ってるんだよクソ……!」


 付与魔法で強化はしているものの、痛いものは痛いのだ。


 右足に体重をかけないように立ち上がってみる。

 常に身体強化し続けていれば問題なく動けそうだ。


 ま、折れていることに変わりはないから早めに脱出しないとだな。


 俺は縦穴の底にある溝のような部分に落ちてきたようだ。

 溝といってもすぐによじ登れるような高さではなく、骨折した足での脱出は難しいだろう。


 溝は縦穴の底を縁取るように抉られており、少しづつ地底に潜っているようだった。


「……進むしかないか」


 付与魔法をさらに重ねがけして溝からよじ登ることも考えたが、その後地上に脱出するルートが考え付かなかったため、さらに地下へ潜ることにした。


 身体強化を全身に拡張して壁に手を這わせながら一歩、一歩と足を進めて行く。


 深くになるにつれて壁から生える水晶の量は増えてゆき、目を細めていないと歩けないほどだった。


「これ、おそらくそうだよな……」


 ここはダンジョンの最下層。

 何が待ち受けているかは嫌でもわかる。


 しかしだからと言って戻るという選択肢は、ない。


 ──気が狂いそうになるほど同じ景色をどれほど歩いただろうか。

 もはや洞窟となった溝を抜け、ついに俺は開けた地点へと到達した。


「空間が、歪んでいる?」


 そこは水晶でできた教会のようだった。


 大穴の底だった天井は果てが見ないほど高く伸び、壁一面に露出した水晶の淡い光がステンドグラス越しの日光のように優しく降り注いでいる。


 教会の最奥、聖職者がいるであろう位置にソレはあった。


「女の子、だよな……」


 ひときわ大きな水晶の内部に埋まる形で少女が眠っていた。

 水面にたゆたうように広がる長い黒髪に、薄いローブのような純白の布に包まれた、つつましやかながらも異性であることを自覚させられる肢体、心地よさそうに脱力している整った顔立ち。

 そのすべてに現実味がなかった。


 このダンジョンの主か、はたまたここまでやってきた冒険者たちを食らうための罠か。

 しかし、ほかに道はない。


『彼女』に近づいてゆく。


 触れてはいけない気がした。何かおぞましいものを、俺の人生が跡形もなく壊されてしまう何かを目覚めさせてしまうのではないか。そう根拠のない直観が語りかけてくるのだ。


 だが、触れてしまった。


「なんだよこれッ! やっぱ罠じゃねえか!!」


 触れた瞬間、水晶が砕けた。

 同時に背後に巨大なナニかが着地した音がした。


 少女の目が開く。


「キミか? 少年! アタシの封印を解いてくれたのは!」

「ああ、そうだよ。卑劣な罠にかかったバカは俺だ!」


 少女の無事を確認する間もなく振り返り戦闘態勢をとる。


 目の前には全身が無機質な金属で形作られているゴーレムが仁王立ちしていた。


 人が乗り込めそうな胸部装甲に頭から生えた太い角と左右に分かれた細い角、人間のように関節ごとにパーツ分けされた四肢は魔物のような不規則性は感じられず、不自然なまでに均質だった。


 ゴーレムは俺へ顔面を向けると即座に拳を突き出してくる。


 図体はでかいくせに速いっ……!!


『身体強化:九重』で防御するも、拳を受け止めた腕からはベキリと嫌な音が伝わってくる。

 また一本いったなこれ。


「おお、アタシのモビ〇スーツ!! いいねえ!! やっぱ巨大ロボってオタクの浪漫だよね!!」

「その浪漫に殺されかけてんだよ!! アンタが作ったんなら止めてくれ!!」

「え~? そうだねえ。誰かも知らない少年を殺されるわけにもいかないからなあ」


 まあ任せな、と自信満々にゆったりと少女はゴーレムの前に立ち手をその胸部装甲にかざした。


「しょうがないにゃあ、この最高傑作をとめてあげようね」


 少女の掌から水晶と同じ、青白い光があふれ出る。


「──あら?」


 がしかし、なにも起こらなかった!!


「ごめん、魔力不足みたい。てへ☆」


 そう言うと少女はにこやかな笑顔のまま吹き飛ばされていったのだった。


「破壊は任せた! 少年! 君ならできる!!」

「ふざけるなぁ!! マジかマジかマジか!! なんでこうなんだよっ!!」


 どうやら俺の直感は信用に足るセンサーらしい。


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