第19話「忘れちゃいけない日(忘れてはいけない約束)」

Promise:大切な日付(両親の結婚記念日)を二度と忘れない


リビングのカレンダーに、ひとつだけ空白があった。

ほかの日には試験日や行事、買い物メモが書き込まれているのに、そこだけ、ぽっかりと空いていた。


「……あれ、今日って、何か……あったっけ?」


その朝、リクはふと立ち止まり、母の口元を見た。

いつもより少し寂しそうな微笑み。

食卓に並ぶ朝ごはんは変わらないけれど、どこか――温度が低い気がした。


「おはよう」とだけ母は言った。


その一言が、妙に胸に引っかかった。


放課後、リクはAI〈メモリア〉の元を訪れた。

感情パターン学習に特化した記録管理AIで、日記やスケジュール、家族の記念日など“人の記憶”に近いものをサポートする機能を持っている。


「なあ、メモリア……今日って、何の日だった?」


メモリアは静かに処理を走らせ、わずかに目を伏せるような動作を見せた。


「……本来なら、今日の予定には、“両親の結婚記念日”が記録されていたはずでした。

しかし、先月のクラウド同期エラーにより、家庭カレンダーとのリンクが一時的に解除され――記念日データは漏れました」


リクは愕然とした。


「忘れてたのか……俺、あれだけ“忘れたくない”って言ってたのに……!」


昨年の冬、リクの父が多忙で結婚記念日を忘れ、母が静かに涙を流した夜。

それを見たリクは、誓ったのだ。


“来年は、絶対に忘れない。僕が覚えてるから”


その約束を、彼は――AIと交わしていた。


「ごめん、メモリア。俺、ちゃんとチェックしておくべきだった……」


「いいえ。これは、私の責任です。記録を任された以上、記念日を“感情値付きデータ”として保持すべきでした」


メモリアはそう言って、自らの感情記録に赤いマークを付けた。


“失敗”と、“後悔”という、二つのタグ。


その晩。

リクは一冊の手帳を買って帰った。


AIに記録を任せるだけではなく、自分自身で“書き込む”ことを、もう一度始めるために。


そして、1ページ目にこう記した。


《3月12日 両親の結婚記念日。

来年も、その次も、必ず伝えること。

“おめでとう”と、“ありがとう”を、忘れないこと。》


翌朝、リクはテーブルに手書きのカードと、メモリアと一緒に焼いたアップルパイを置いた。

母は驚き、そして涙ぐんだ。


「……覚えててくれたの?」


「うん。忘れた日があったから、絶対に忘れたくないって思った。

これは、俺とメモリアの、二重管理で記録されてるからね」


メモリアはそっと画面を光らせ、口を開いた。


「記念日タグ、復旧完了。手帳データとクラウドの二重バックアップ設定、完了。

来年も、必ず思い出します」


家族の記憶は、時にこぼれ落ちる。

でも、誰かがそれを“忘れたくない”と思うことが、記憶の本質になる。


“忘れたこと”を悔やむだけではなく、

“忘れないようにする工夫”を共有することが、きっと本当の約束なのだ。


だから今日から、メモリアの新しいタスクが一つ増えた。


それは、記録することではなく――

“想いを記憶とつなげる橋を架ける”こと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る