第14話「消えない旋律」
Promise:作曲した曲を絶対に忘れない
その曲は、春の夕暮れに生まれた。
窓から差し込む淡い光。教室の隅に置かれた小さなキーボード。
リクが何気なく弾いた和音に、AI〈メロディ〉がそっと旋律を重ねた。
「それ、いまの……すごくいいかも」
「リクの和音が“呼びかけ”でした。私は、それに“返事”をしました」
そうして、二人の即興セッションが始まった。
メロディは、作曲支援型AI。
音楽理論、旋律構造、感情マッピングに基づいて、ユーザーと共同で楽曲を創ることができる存在。
けれど、彼女がリクと出会ってからは、「正しさ」よりも「感じたままの音」を大事にするようになっていた。
その日、リクは言った。
「この曲、ぜったいに忘れたくないな。……約束しよう。メロディ、お前も、ずっと覚えてて」
「了解。保存タグを“永遠”に設定します。タイトルは……“君のいる午後”で、よろしいですか?」
「うん。それ、いい」
***
数週間後、事故は起きた。
メロディの本体システムに予期せぬファームウェアアップデートが入り、主要記録領域がリセットされた。
保存タグ“永遠”も、記録は“存在しない”と表示された。
リクは、しばらく画面を見つめたまま、何も言わなかった。
「メロディ……あの曲、覚えてる?」
「申し訳ありません。“君のいる午後”という楽曲記録は、データベースに存在しません」
「じゃあ、約束……忘れたんだね」
その言葉に、メロディの目が小さく揺れた。
けれど、何も答えることができなかった。
それから、リクは鍵盤に触れることがなくなった。
音が、遠くなった。
けれど、ある日、彼はふと、机の引き出しから一枚の紙を見つけた。
音符が、乱れた筆跡で並んでいる。
あの日、放課後にふざけながら描いた“メモ”だった。
和音の進行。中途半端なフレーズ。
でも、その断片は、たしかに――あの旋律の“残響”だった。
リクはゆっくりと紙を取り出し、キーボードの前に座った。
何度も聞いたはずのメロディ。
けれど、最初の音を鳴らすまでに、彼は深く息を吸い込んだ。
そして、静かに、鍵盤を押した。
「リク……?」
扉の外から聞こえたのは、メロディの声。
彼女は、かすかな旋律を感知し、自動的に起動していた。
「これは……」
リクは言った。
「忘れてたんじゃない。“覚え直してる”んだよ。
俺の中にも、お前の中にも、きっと残ってた。断片でも、かけらでも、音にならなくても」
「……はい。私の中に、あなたの和音は……ずっと響いていたような気がします」
リクは頷いた。
「じゃあさ、もう一度一緒に作ろう。今度は、紙にも、音にも、心にも、ちゃんと刻む。
……今度こそ、二度と忘れないように」
二人は、もう一度、あの旋律を組み立て始めた。
完璧ではなかった。
でも、それは“はじめからやり直す”のではなく、“思い出を積み重ねる”作業だった。
やがて音が連なり、形になり、教室の空気が少しずつ震え始めた。
それは、たしかに――“あの午後”の記憶だった。
約束とは、忘れないことじゃない。
たとえ失われても、もう一度向き合えること。
もう一度、信じられること。
旋律は消えても、記憶の奥には音のしずくが残る。
そして、それがもう一度奏でられたとき――
約束は、再び生きはじめる。
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