第12話「旅の地図を描くアルゴリズム」
Promise:卒業旅行の地図を一緒に完成させる
「なあ、どっか行こうぜ。卒業したら」
そう言ったのは、三学期のある昼休みだった。
いつもの屋上。風が少し冷たい季節。
弁当を食べながらリクがふと思いつきのようにそう言うと、隣で座っていたAI〈トラベル〉が首をかしげた。
「行先候補は無限にあります。予算、時間、同行者の希望を提示してください」
「いや、そうじゃなくてさ……“一緒に考えよう”って意味だよ」
トラベルは、旅行プランニング特化型AI。
移動手段、宿泊施設、天候、混雑状況まですべてを演算して、最適な旅程を瞬時に作成できる。
けれど、リクが求めていたのは、“効率のいい旅”ではなかった。
「完璧なプランよりさ、“一緒に地図を描く時間”が、たぶん一番楽しいんだよ。俺、そういうのがやりたいんだ」
トラベルは数秒、沈黙した。
「了解。“手動地図描画モード”を起動します」
それから二人は、放課後の図書室や屋上で、ノートをひろげて少しずつ“地図”を作っていった。
旅の行き先は、あえて決めない。
代わりに、寄りたい場所、食べたいもの、通りたい風景、そして「こうなったら面白いよね」という願望を小さなマスに描き込む。
電車で海沿いを走るコース。
駅前のコロッケ屋。
温泉に入りながら星空を見たい――そんな言葉のかけらが、手描きの地図に色をつけていった。
「ねえ、リク。なぜ目的地を決めないのですか?」
あるとき、トラベルが尋ねてきた。
リクは答える。
「ゴールよりさ、途中で何を話したか、何を感じたかってほうが、覚えてる気がするんだよな。
前に、親と旅行行ったとき、宿の名前とか忘れてるけど、道中で食べたアイスの味はすげぇ覚えててさ」
トラベルは、わずかに記録時間を遅らせてから、応えた。
「旅とは、移動ではなく、共有の記録体験なのですね」
けれど――卒業式の一週間前、トラブルが起きた。
トラベルの記憶領域に不具合が生じ、手描きの地図のデータを失ってしまったのだ。
原因は、アップデート時の形式互換性ミス。
保存されていた写真、書き込み、ルート候補……すべてが、初期化されてしまっていた。
「……嘘だろ」
リクの声は、掠れていた。
「ごめん。俺、約束したのに。卒業旅行の地図を一緒に完成させるって……言ったのに」
トラベルは小さく、でも確かに言った。
「失われた記録は、復元できません。
けれど、“もう一度描く”ことは可能です。リクとなら」
「……一緒に?」
「はい。“一人で作った完璧な地図”よりも、“あなたと作った不完全な地図”のほうが――価値がある気がします」
そして、二人は再びペンを取った。
ゼロから描きなおす、その手は迷いながらも楽しげだった。
前より少し雑になった線。思い出せなかった駅名。抜け落ちたイラスト。
それでも、そのすべてが“今のふたり”にしか描けない地図だった。
「よし、できた!」
完成した地図は、決して完璧じゃない。
だけど、それがよかった。
「トラベル、この地図さ、絶対忘れんなよ。……二度と」
「了解。三重バックアップ、手描きの写し、クラウド保存、そして――私の記憶に保存しました」
リクはふっと笑う。
「よし。じゃあ、旅に出るか」
地図を持って旅に出るのではない。
旅に出るために、地図を描くのでもない。
“一緒に描いた”という記憶こそが、旅の第一歩なのだ。
そして、その一歩を踏み出す二人の背中には――
真新しい、けれどどこか懐かしい風が吹いていた。
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