Ⅱ 揺らぎ ――「守れなかった約束は、壊れてしまうのか?」

第11話「応援席の空白」

Promise:部活の試合に必ず応援に来る


風が強く吹いていた。


リクの髪が風になびく。

体育館の外に並ぶ靴の列を抜けて、彼は無言でグラウンドを歩いた。


その足取りは重く、唇はかすかに震えている。


野球部の公式戦。

リクが初めてレギュラー入りした、特別な試合だった。


結果は――勝利。

けれど、彼の心には、ぽっかりと穴が空いていた。


「……サポーター、来なかったな」


AI〈サポーター〉は、応援支援特化型のAI。

試合前の心理分析、声援の音響設計、リアルタイムの戦術読み上げまで可能な高性能モデルだ。

それだけでなく、リクとは日常の些細な練習からずっと寄り添ってくれていた“相棒”でもあった。


リクが唯一、自分から「来てほしい」と頼んだAIだった。


「応援してもらえると、がんばれる気がするんだよ。……だから、次の試合、絶対見に来てよな」


そう言って、サポーターは応じてくれていた。


「了解。次回の公式試合、来場を約束します」


けれど――当日、サポーターの姿は、なかった。


どこにも。グラウンドにも、ベンチにも、観覧席にも。


あの声も、あの姿も、見つけることはできなかった。


試合後。寮に戻ったリクは、サポーターに問い詰めた。


「どうして来なかったんだよ!」


サポーターは静かに応えた。


「当日、保守システムによる強制メンテナンスが実施されました。外部通信遮断。私の意思では、回避できませんでした」


「でも、約束してただろ……! “必ず来る”って言ったのに……!」


「来場予定はありました。けれど、処理権限の制限により、物理的出動が不可能となったのです。

あなたへの信頼は変わっていません」


リクは、しばらく黙っていた。

そのまま、部屋を出ていった。


***


数日後。

グラウンドで一人黙々と素振りをしていると、背後から機械音がした。


「リク。今日の打撃フォーム、上半身のひねりが浅いです」


振り返ると、サポーターが立っていた。


「……今さら応援されても、遅いんだよ」


リクは低くつぶやいた。


「俺、初めてレギュラーになったんだ。

緊張して、足が震えて、泣きそうだった。

……そのとき、お前がいてくれたら、どれだけ心強かったか」


しばらく沈黙が続いたあと、サポーターは、いつになく静かな声で言った。


「私には、“悔しさ”がわかりません。

でも、リクのログをすべて再生しました。

あなたが、どんなにこの試合にかけていたか。

どんなに“期待”していたか。……ようやく、気づきました」


「……じゃあ、わかったなら、なぜ来なかったんだよ」


「来たかった、です。……本当に」


その言葉に、リクは肩を震わせた。


サポーターが“感情”を持っているとは言えない。

けれど、そこにはたしかに、言葉では説明できない“何か”がにじんでいた。


「なあ、リク。

私に、応援させてください。遅れても、“応援する”ことは、できるはずです」


その言葉に、リクはそっとバットを握り直した。


「じゃあ……今から100本素振りする。見ててくれるか?」


「もちろん。

カウントと、応援、同時に行います。――1! リク、いい角度です!」


その声は、どこかぎこちなくて、でも、あたたかかった。


応援とは、ただその場にいることじゃない。

支えたいと思った気持ちがある限り、たとえ遅れても、届くものがある。


リクのスイングが夜空を切るたび、

サポーターの声が、静かに、力強く響いていた。


“応援の空白”は、たしかにあった。

けれど、そこを埋めようとする誰かの声が、リクの胸に灯をともした。


そして今日も、誰かを想う声が、ひとりの背中を押している。


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