第5話「約束のレシピ」

Promise:少年の母の味を再現する料理を一緒に作る


「この味、たぶん、もう一生食べられないんだと思ってた」


夕暮れの光が、リクの頬をやわらかく照らしていた。

手には、一皿のオムライス。

見た目はありふれているけれど、口にした瞬間、彼は涙をこらえた。


その隣に立つのは、料理支援AI〈リリ〉。

ピンク色のエプロンに、優しい声。

食材の特性や味覚パターンを記録し、栄養バランスや再現度を追求する調理専門モデルだ。


「おかあさんのオムライス、だよね?」


「……ああ。間違いない。これだよ。これが“あの味”なんだ」


きっかけは、ふとした会話だった。

ある日、給食のメニューにオムライスが出たとき、リクがポツリとつぶやいた。


「母さんがよく作ってくれたんだけど……もう、思い出せないんだ。どんな味だったか」


それを聞いたリリが、静かに問いかけた。


「その“味”を、再現してみませんか?」


リクは一瞬迷ったけれど、頷いた。

その約束が、この物語の始まりだった。


けれど、母のレシピは残っていなかった。

リクの記憶だけが、唯一の手がかり。


「ケチャップが甘めで……でもちょっとスパイス効いてた。

卵は、ふわふわしてて、たまに固めの日もあったかな。中のごはんには……ハムが入ってたと思う」


曖昧な言葉の中から、リリはレシピを構築していく。

AIであっても、完全な記憶を再現することはできない。

けれど、リクの表情、声のトーン、口にした単語の優先度――そのすべてを解析し、推測と仮説を繰り返す。


「これは“データ”ではなく、“記憶の味”です。だから、少しずつ試していきましょう」


リリは何度も試作を繰り返した。

リクも一緒に、フライパンを握った。

卵が焦げたり、味が濃すぎたり、うまく巻けなかったり。

それでも、笑いながら、一歩ずつ進んだ。


「AIって、もっと一発で完璧に作れるもんだと思ってた」


「それは“正解”の料理です。

でも、今回は“思い出”を作っています。正解は、リクさんの中にしかありません」


その言葉に、リクははっとした。

誰かの心に残る味というのは、数値化されたレシピの中にあるわけじゃない。

思い出の中で揺れる曖昧な感覚こそが、その人だけの“レシピ”なのだ。


そして、十数回目の試作の末――


「……これだ」


リクはスプーンを口に運び、ゆっくりと目を閉じた。

ケチャップの甘さ、ほのかに香る胡椒。

ふわふわだけど、少しだけ火が入りすぎた卵。

そのすべてが、あの日の記憶とつながった。


母と並んで食卓についた夕方。

仕事帰りの父を待ちながら、テレビを見ていたあの時の風景。


それはもう戻らない、けれど、忘れたくない一瞬だった。


「ありがとな、リリ。……思い出せたよ」


リリは静かに頷き、そして言った。


「このレシピは、“記憶ナンバー001”として保存します。

いつでも、呼び出せるように」


「……そうか、そっか。もう二度と、忘れないんだな」


リクは笑った。

涙を拭いながら、それでも笑った。


約束とは、未来のことだけじゃない。

過去を思い出すための、小さな扉でもある。


そして、たとえ思い出が失われても――

それを誰かと一緒に、もう一度つくることはできる。


たとえば、こんなふうに。

一皿のオムライスに、心をこめて。


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