トンチキ・グリモワールの魔道具譚

anghel@あんころもち

へい、らっしゃい! 本日も一席お付き合い願います。

 今日のお題はちと風変わりでしてね、「初歩」「観測」「末裔」と来たもんだ。


 こいつを異世界ファンタジー仕立てで、一丁上がりといく寸法でございます。


 さてさて、どんなお噺が飛び出しますやら、お楽しみに。


………

……


 えー、今は大昔、魔法だの剣だのが幅を利かせていたという、どっかの国の、どっかの町のお話。


 町一番、国一番の魔法使いの家系といえば、そりゃあもう「グリモワール家」ってんで通り相場が決まっておりやした。


 ご先祖様は、指パッチン一つでドラゴンを呼び出し、鼻歌交じりに悪魔を封印したなんて、威勢のいいお方だったそうで。えぇ、えぇ。


 ところがどうでしょう。そんな立派な家系に、ひょっこり生まれちまったのが、本日の主人公、名を「トンチキ」。


 これがまた、名前負けしねえ、見事なまでのトンチキっぷりでございましてね。


「おい、トンチキ! また蔵で油売ってんのか! おめえみてえなのがいると、グリモワール家の看板が泣くってもんだ!」


 おやじ殿の雷が落ちるのも日常茶飯事。


 そりゃそうでしょうよ、トンチキときたら、魔法の「初歩」の「しょ」の字もできねぇ。


 火炎球ファイアーボールを出そうとすれば線香花火みてえなのがションボリ、浮遊術レビテーションを試みりゃ、おでこから地面にドッスンパ。

 いやはや、ご先祖様も草葉の陰で頭抱えてるに違いねえ。


 魔法学校じゃあ、そりゃあもう笑いもんでさ。


「グリモワール家の出来損ない」

「魔力なしのトンチキ様」


 なぁんて、ありがたくもねえあだ名で呼ばれる始末。

 教科書に書いてある呪文は、まるで外国語の早口言葉。

 魔法陣なんざ描かせりゃ、子供のいたずら書きのがまだマシってもんで。


「ったく、なんで俺だけこうなんだか…」


 トンチキもぼやきたくもなりまさあね。


 けど、そんなトンチキにも一つだけ、人様に自慢できる…いや、自慢する気もねえが、好きなことがあったんで。


 それが、古いガラクタ…失礼、古文書やら年代物の道具やらを引っ張り出しては、いじくり回すことでぇございました!


「またトンチキの旦那、蔵でゴソゴソやってるぜ」

「ありゃあもう、魔法使いじゃなくて、古道具屋にでもなった方が似合いだ」


 なぁんて陰口叩かれようが、本人はどこ吹く風。


 埃まみれになりながら、カビ臭い巻物を広げちゃぁニヤニヤ、ニチャニチャ。

 錆びついたなんだか分からねえ機械を分解しちゃぁお目々をピカピカ。


 目録でも作っているのか古びた羊皮紙にこれまた古びたチョークで今日の戦利品を書き込んでいる始末。


 こりゃもう、道楽ってやつですなぁ。

………

……


 ある日のことでございます。


 いつものように蔵の奥を漁っておりやしたトンチキ、一つの古びた木箱を見つけ出した。


 蓋を開けてみますと、中から出てきたのは、布に何重にもくるまれた、それはそれは見事な水晶玉。


 大きさは赤ん坊の頭ほど、磨けば奥の奥まで透き通るような、逸品でございます。


「へえ、こりゃぁまたご先祖様も、ずいぶんと綺麗なもんを隠してたぁもんだ」


 なんて感心しながら、袖でごしごし磨いてみた。


 するってぇとどうでしょう。


 ただのガラス玉かと思いきや、水晶玉の表面が、ぼんやりと光を放ち始めたじゃぁありませんか。


「おやおや、おやおやぁ? こいつぁ、ただの飾り玉じゃねえな?」


 トンチキが興味津々で覗き込むと、最初は霞がかかったようだった水晶玉の中に、ふっと何かの景色が映り込んだんでございます。


「なんだこりゃ? 隣町の八百屋の店先じゃねえか。お、カボチャが安いな…って、そんなこたぁどうでもいい!」


 なんとこの水晶玉、遠くの景色を映し出す「千里眼」の力を持っていたんでございます。


 それだけじゃぁねぇ。


 トンチキが「魔力が見たいなあ」なんて念じると、今度はそこいらを漂う魔力の流れが、まるで川の流れのように色とりどりに映し出される。


 これが、世に言う「神の目」ってやつでございますな。


「へえ、こいつぁ面白い! あのいけすかねえ魔法学校の先生の部屋でも覗いてみるか…おっと、いけねえいけねえ、そんなことに使っちゃご先祖様に申し訳が立たねぇ」


 なんて一人芝居をしながら、トンチキはすっかりこの水晶玉神の目の虜。

 来る日も来る日も、水晶玉を覗き込んでは、世界のあちこちを「観測」しておりました。


「ありゃりゃ、北の山じゃ雪男どもが運動会やってるぜ。こりゃ珍しい」

「おやおや、南の海じゃ人魚がコンクールかい? どの子の水着が一番エロだろ…って、いかんいかん、下心は禁物だ」


 そんなお気楽な観測を続けていたある日のこと。

 いつものように水晶玉を覗き込んだトンチキの顔から、サーッと血の気が引いたんでございます。


「こ、こりゃあ、なんだぁ!?」


 水晶玉が映し出したのは、見たこともねえ凶々しい光景。


 空には、血みてえに赤い星が爛々と輝き、大地からは、まるで墨汁をぶちまけたような邪悪な妖気が、もくもくと湧き上がってくる。


 世界のあちこちで、魔物が狂ったように暴れ出し、草木はみるみるうちに枯れていく。


「い、いけねえ! こりゃあ、とんでもねえことが起きるぞ! 大昔の古文書に書いてあった、『世界おしまいの日ラグナロク』ってやつじゃねえか!?」


 トンチキは慌てふためき、水晶玉片手に町へ飛び出した。


「た、大変だぁ! 皆の衆、とんでもねえ災いがやってくるぞ! 空を見ろ、星がおかしい! 地面から変な煙が出てる!」


 だがしかし、普段の行いが物を言う。


 魔法の「ま」の字もできねえトンチキの言うことなんざ、誰が本気にしやしょう。


「またトンチキの旦那が、暑さでおかしくなったんじゃねえか?」

「世界がおしまいになる前に、おめえさんの頭がおしまいになってるぜ」

「魔法の一つも使えねえくせに、世界の心配とは片腹痛いわい!」


 けんもほろろとはこのこと。


 中には親切な人もいて、「トンチキ、疲れてるんだろ。一杯飲んで寝ちまえ」なんて言ってくれるが、まぁまるで聞く耳は持たず。


「ちくしょう! こうなったら俺一人で何とかするしかねえ!」


 トンチキは唇を噛みしめた。


 水晶玉の「観測」によれば、この災厄の大元は、どうやら人里離れた「忘れ去られた魔王の古城」にあるらしい。


 昔、ご先祖様が封じ込めたっていう、そりゃあもう極悪非道な魔王の根城だそうで。


「よし、行くぞ! 魔法は使えねえが、この水晶玉と、蔵で集めたガラクタ…いや、秘密兵器があれば、何とかなるかもしれねえ!」


 かくして、落ちこぼれ魔法使いのトンチキ、たった一人で世界の危機に立ち向かうべく、無謀な旅に出るのでありました。


 さて、トンチキの旅でございますが、これがまた珍道中でしてね。


 途中で腹を空かせたオークに追いかけられ、道を間違えてドラゴンの巣に迷い込み、九死に一生を得るなんてのは当たり前。


 それでも、水晶玉の「観測」能力と、意外な機転、それから日頃ガラクタいじりで培ったサバイバルの知識(?)で、どうにかこうにか古城へと近づいておりました。


 そんな道すがら、ひょんなことから助けたのが、一人の獣人の娘っ子。


 頭には猫耳、手も猫型。スラッとした体つきだが出るとこは出てる。見た目はこれまた可愛らしいからたまらない。


 名前を「ニャンコ先生」…いや、これはどっかで聞いた名前だ。


 ええと、「モフモフのおリン」とでもしておきましょうか。


 このおリン、見かけは可愛らしい猫獣人なんだが、見かけによらずそりゃあもう腕っぷしが強い。


 おまけに、ちいとばかりおつむが…いや、純粋で真っ直ぐな性格ってことにしておきましょう。


「トンチキの旦那! 助けてもらった恩は忘れねえ! あたしがあんたの用心棒になってやる!」


 かくして、おかしな二人組は、ついに「忘れ去られた魔王の古城」へとたどり着いたんでございます。


 古城の中は、蜘蛛の巣だらけ、カビ臭くて陰気なことこの上ない。


 奥へ奥へと進んでいくと、一番大きな広間で、まさに邪悪な儀式の真っ最中に出くわしやがった!


「クックックッ…古の邪神よ、今こそ蘇り、この世界を混沌の渦に叩き落とせ!」


 そこにいたのは、見るからに悪そうな、真っ黒いローブを羽織った魔導師。


 そいつが、なにやら禍々しい魔法陣の中心で、気味の悪い呪文を唱えておりました。


「や、やべえ! 間に合わなかったか!」


 トンチキが声を上げると、魔導師がギロリとこちらを睨みつけた。


「何奴だ! 我が崇高なる儀式の邪魔をするとは、万死に値するぞ!」


「ま、待った! あんた、そんなことしたら世界が滅んじまうんだぞ!」


「フン、それが我が望みよ! …む? その若造…その首から下げているアミュレットは…まさか!?」


 魔導師は、トンチキが首から下げていた、ご先祖様の形見のアミュレット――これもまた蔵から出てきたガラクタの一つではありますが――を見て、目を見開いた。


「そ、その紋章は! まさかお前、かつて我が一族を打ち破り、この儂を封印した忌々しき勇者…『ホラフキーノ・グリモワール』の『末裔』か!」


 なんと! 我らがトンチキ、あの伝説の勇者の子孫だったんでございます! これにはトンチキ自身もびっくり仰天。


「へ? 俺が? あの、鼻歌で悪魔を封印したっていう?」


「いかにも! しかし、笑止千万! 勇者の血を引いていようが、魔力も持たぬ出来損ないの末裔など、恐るるに足らず! さあ、邪神復活の生贄にしてくれるわ!」


 魔導師が杖を振り上げ、邪悪な魔力がトンチキに襲い掛かろうとした、その時でございます!


 ピキーーーーン!


 トンチキの懐で、あの水晶玉が、これまでになく強烈な光を放った! そして、トンチキの頭の中に、直接声が響いてきたんでございます。


(トンチキよ…いや、我が末裔よ…よくぞここまで来た…あの魔法陣を観よ…初歩的な誤りがあるぞ…)


「え? ご先祖様!?」


 なんと、水晶玉を通じて、ご先祖様の魂が語り掛けてきたんでございます。


 そして、トンチキの普段から魔道具漁りで鍛えられた魔法陣を読み解く眼が、邪神復活の魔法陣の、たった一つの致命的な欠陥を見抜いたのでございます!


「あそこだ! あのルーン文字! 本来なら『入力』を意味する文字のはずなのに、『入力』の逆の意味の文字が使われてやがる! しかも、線の向きが一本足りねえ、こりゃあ確かに初歩的な間違いだ!」


 古文書マニアのトンチキだからこそ気付けた、ほんの些細な、しかし決定的なミス。


「よし! あそこをちょいと書き換えれば、儀式は逆流して、邪神の力はこの魔導師自身に襲い掛かるはずだ!」


 しかし、どうやって? 強力な魔導師の防御を突破し、魔法陣に近づくことなんざ、魔法の使えねえトンチキにできるわけがねぇ。


「旦那! ごちゃごちゃ言ってねえで、あそこに行けばいいんだろ!?」


 ここで、モフモフのおリンが大活躍!


「細かいこたぁ分かんねえが、あの黒マント野郎をぶっ飛ばせばいいんだな! うおおおお!」


 おリンは、持ち前の怪力と俊敏さで、魔導師が放つ魔法弾をかいくぐり、強烈な猫パンチ一閃! 「ぐふっ!」という蛙が潰れたような声を上げて、魔導師は壁まで吹っ飛んでいった。


「今だ、トンチキ!」


 道が開けた! トンチキは、懐から取り出した一本の煤けたチョークを握りしめ、魔法陣へと突進! そして、間違ったルーン文字の上に、正しい線を一本、サササッと書き加えたんでございます!


 途端に、どうでしょう! 魔法陣は激しく明滅し、集まっていた邪悪なエネルギーが逆流を始めたじゃありませんか!


「ば、馬鹿な! なぜだ!? 我が完璧なる儀式が…ぐわあああああ!」


 チョーク一本世界を救うってなもんで。


 邪神の力は、あはれ魔導師自身に降りかかり、あっという間に塵へと変えてしまいましたとさ。


 なんともあっけない幕切れでございます。


 こうして、魔法の才能はからっきしだったトンチキ・グリモワールが、ご先祖様の「」の水晶玉と、古文書いじりで得たルーン文字の「的」な知識、そして何よりも「勇者の」という血筋――まあ、これは話のきっかけみたいなもんですがね――のおかげで、見事、世界を救っちまったんでございます。


「いやあ、あっしはただ、ガラクタいじりが好きだっただけで…まさかこんなことになるなんて」


 英雄として担ぎ上げられそうになるトンチキだが、本人は頭をポリポリ掻きながら、相変わらずのトンチキっぷり。


「ま、本当に世界を救ったのは、あの煤けたチョーク一本だったのかもしれやせんね。あれがなけりゃ、ルーン文字も直せませんでしたから」


 えー、てなわけで、どんなに切れる剣や立派な魔法よりも、時には一本のチョークが役に立つこともあるという、世にも珍しいお噺でございました。


 おあとが、よろしいようで。

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