『落第錬金術師』と蔑まれる俺、その正体は伝説級の『秘儀の錬金術師』~孤独な星詠みの巫女を影で支え、失われた技術で世界の危機に挑む~

鶯ほっけ

第1話 星の観測儀

 俺、レオ・ラーゼスは、そこら辺にいるしがない錬金術師だ。


 ……と、まぁ、表向きはそういうことになっている。


 実際、王立錬金術師ギルドでの俺の評価は底辺も底辺。「落第錬金術師」なんて不名誉なあだ名まで頂戴してる始末だ。ったく、失礼しちゃうよな。


 俺がギルドに納品するポーションはいつも純度が低いだの、効果が薄いだの言われて、買い叩かれるのが日常茶飯事。


 今日も今日とて、ギルドの納品カウンターで、小太りの事務員のおっさんにネチネチ言われたところだ。


「レオ君よぉ、またこの品質かい? これじゃあ、三級市民が風邪薬代わりに飲むのが関の山だぜぇ? もっとこう、気合い入れて作れんのかねぇ」


「はは……努力はしてるんですけどねぇ」


 俺は愛想笑いを浮かべて頭を下げる。内心じゃ(アンタらに見せるもんに気合い入れるわけねーだろ、バーカ)とか思ってるけど、口が裂けても言えねぇ。


 ちなみに、その隣のカウンターでは、ギルドの期待の星、筆頭錬金術師のバルドゥス様とやらが、ピッカピカの高級ポーションを山のように納品して、周りの職員からやんややんやと称賛を浴びていた。


「流石はバルドゥス様! この輝き、この魔力の凝縮度! 王宮騎士団もこれなら満足間違いなしですな!」


「うむ、当然だ。我が錬金術に抜かりはない」


 フン、と鼻を鳴らすバルドゥス。いかにもって感じの取り巻き連中。見てるだけで胸焼けがするぜ。


 まぁ、そんなギルドでの俺の扱いはどうでもいい。俺には、もっと大事なことがあるんだからな。


 俺の住処は、王都の隅っこにあるオンボロ工房だ。家賃も格安だが、いつ崩れてもおかしくないような代物。ここで、昼間はポーション作ったり、鍋の穴を塞いだりして日銭を稼いでる……フリをしてる。


 本当の俺の仕事場は、その工房の地下。分厚い扉で隠された、俺だけの秘密のラボラトリーだ。


 そこには、そこら辺の錬金術師が見たら腰を抜かすような、古代文明のロストテクノロジーを解析して再現した装置や、超高純度の触媒を生み出すための特殊な蒸留器なんかがズラリと並んでいる。


 そう、俺はただの落第錬金術師じゃない。特定の分野、特に古代技術の再現や超精密加工においては、この国……いや、この世界でも右に出る者はいないと自負してる「秘儀の錬金術師」ってやつだ。


 なんでそんなスゲー腕を隠してるかって?


 そりゃ、目立つと面倒だからだよ。俺の技術は、今の時代の常識じゃ理解されねぇし、ヘタすりゃ異端扱いされて追われるのがオチだ。俺は静かに、自分のやりたいことだけやってたいんだよ。


 で、その「やりたいこと」ってのが、今まさに俺が取り組んでる作業だ。


 地下工房の作業台の上で、俺は息を殺して、水晶玉みてぇなレンズを特殊な研磨剤で磨いていた。ミリ単位、いやミクロン単位の精度が要求される、神経の磨り減るような作業だ。


 額の汗を手の甲で拭い、ふぅ、と息を吐く。


 俺の視線の先には、タブレット型の魔導具が置かれている。こいつも古代遺跡から掘り出した情報端末のレプリカで、特定の魔力波を受信して映像と音声を再生できるシロモノだ。


 そのタブレットには、一人の少女が映し出されていた。


 名前はセレスティア。


 長く艶やかな銀髪を揺らし、星空を映したような深い紫色の瞳を持つ少女。年は……多分、俺と同じくらいか、少し下くらいか? 彼女は没落した古い貴族の家柄で、今は王都の外れにある小さな天文台で、たった一人、星を読み解いてる。


 いわゆる「星詠みの巫女」の末裔ってやつらしいが、そんな大層な肩書も虚しく、彼女の研究は誰にも理解されず、支援者もいない。


 そのセレスティアが、ごく一部のマニア向け(というか、ほぼ俺しか見てねぇんじゃねぇか?)に、自分の研究成果や日々の雑感を「星詠み配信」として流してるんだ。


『……最近、夜空の星の配置に、微細なズレが生じているのを感じます。古文書にある「厄災の先触れ」でなければ良いのですが……。今の観測儀では、これ以上の精密な測定は難しいかもしれません……。もっと、もっと高性能なレンズがあれば……』


 セレスティアが、か細い声でそう呟く。その声には、諦めと、それでも捨てきれない希望が滲んでいた。


 ──オーケー、セレスティア。お前の悩み、確かに聞き届けたぜ。


 俺が今作ってるのは、その「もっと高性能なレンズ」だ。それも、ただのレンズじゃない。古代の製法で精錬した超高純度の星水晶クリスタルを、寸分の狂いもなく研磨して作り上げる、まさに至高の一品。これを使えば、彼女の観測精度は飛躍的に向上するはずだ。


 セレスティアの研究は、この世界の誰も気づいていない、真の危機を解き明かす鍵になるかもしれない。俺はそう信じてる。だから、俺は彼女を影から支援する。最高の道具を提供することでな。


 数日後。


 俺は完成したレンズセット──主鏡、副鏡、接眼レンズ一式を、精密な調整機構付きの鏡筒パーツと一緒に、厳重に梱包した。送り主はもちろん匿名だ。


 夜陰に紛れてセレスティアの天文台の前にそっと置き、物陰から様子を窺う。


 やがて、セレスティアが荷物に気づき、恐る恐るそれを中へ運んでいく。


 しばらくして、タブレットの配信が始まった。


『こ、これはいったい……!? こんな……こんな素晴らしい観測機器を、どなたが……?』


 セレスティアは、箱から取り出したレンズセットを前に、驚きと喜びで声を震わせていた。その瞳は潤み、頬は紅潮している。


 うん、その顔が見たかったんだよ。


 俺は一人ほくそ笑み、そっとその場を後にした。


 工房に戻ると、扉に一枚の紙が突き刺さっていた。


「……家賃三ヶ月分滞納。至急支払わねば強制退去も辞さず。大家」


 ……やっべ。セレスティアのレンズに金使いすぎて、すっかり忘れてた。


 ま、まぁ、なんとかなるだろ。明日からまた、ガラクタポーションでも作って小銭稼ぐか……。


 俺の日常は、非凡と平凡の間を綱渡りしてる。でも、セレスティアが見てくれているなら、どんなピエロよりうまく渡ってやるさ。

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