第4話模擬塔演習始動

 早朝の訓練棟は、薄暗い照明の中に静謐な緊張感が漂っていた。

 その中央、金属のゲートが重々しく開き、生徒たちを模擬塔へと誘う。


 神性で強化された空間、通称「模擬塔」。内部は実際のバベルの塔に酷似しており、訓練段階の生徒がその空気を感じる初めての舞台だ。


「うおおおっ、来たな!“塔”の入り口だぜ……!」


 勇征が拳を握り、闘志を燃やす。一方、一臣は隣でじっと塔の内壁を見つめていた。


「……俺たちが挑むのは、たかが模擬。だが、失敗すれば命に関わる。そう設計されている」


「わかってるって!俺は絶対にやってやる!この手でテッペン取るためにな!」


 班ごとに分かれた演習チームが順次塔内へと消えていくなか、彼らもまたゲートをくぐる。


 *


「第一階層:迷路構造、落とし穴多数。神性探知、魔力効率、推察力の初歩を試す」


 壁に設置された案内パネルにそう表示され、音声が流れる。


 塔内部はまるで石造りの古城のようだ。空気は冷たく湿っていて、無音。天井の光源は、神性の灯火によって仄かに照らされている。


「おっし、行くぞ!右だな、間違いねぇ!」


「待て。足元を見ろ」


 勇征が勢いよく飛び出しかけたその瞬間――一臣の声とともに“がしゃんっ”という音が響く。目の前の床が落ち、深い穴が口を開けた。


「……あぶねぇっ!? 俺、今、死んでたぞ!?」


「目視、探知、推察。どれも怠ったからだ。次はないと思え」


「う、うっせぇ……!」


 一臣は自身の神性を指先に宿し、石床に淡い緑の紋様を浮かべた。それは足元にある“空洞”の存在を視覚化する、小規模な地脈感知の術。


「こうすれば、落とし穴の位置が見える。雷じゃなくても、できることはある」


「……俺もやってみる」


 勇征は小声で言い、雷神の神性を制御して足元に微細な振動を走らせた。

 しかし制御がうまくいかず、バチッと火花が弾けて壁がひび割れる。


「ちょっ、またやっちまった……」


「荒い。感度を下げろ。もっと繊細に“訊け”」


「“雷で訊く”って、器用すぎんだろお前……!」


 そう言いながらも、勇征は何度も試し、少しずつ足場を読み取る術を身につけていく。


 迷路は単純なようでいて、落とし穴や思念による幻惑が幾重にも仕掛けられていた。通路の途中には古代文字のような碑文があり、そこには神の名が刻まれていた。


『“炎を鎮める水を求めよ”――』


「謎解きか……?水属性の神性か、それとも構造的な“水源”があるって意味か」


「おい、一臣。こっち、壁が濡れてる!」


 勇征の声に導かれるように壁の隙間を探ると、小さな水路があり、そこに手をかざすと——


 《迷路解除、通路開放》


 通路の奥で石の壁が開き、第二階層への扉が姿を現した。


「やったな……!」


「お前、最初の勢いのままだったら、ずっと穴に落ちてたぞ」


「へいへい、ありがとよ。“相棒”」


 軽口を叩きながらも、勇征の目は確かに成長の光を宿していた。


 模擬塔の奥、第二階層が静かに待ち構えている。彼らの挑戦は、まだ始まったばかりだ。


 迷路を抜けた先。開いた扉の向こうは、冷気が立ち込める石畳の回廊だった。


「……なんか、空気違くね?」


 勇征が小声で呟く。息を吐くたびに白く曇り、静寂のなかで不気味な気配が漂っていた。


《第二階層:幻影演習・餓鬼道。制限解除》


 無機質な音声と同時に、霧の奥から“何か”が這い出してくる。小さな影だ。

 身長は1メートル前後。痩せ細り、頭が異様に大きい。肘や膝が逆関節に曲がり、ぎょろりと大きな目が虚空を彷徨っている。


「……子ども?」


「違う。あれは……餓鬼。幻影とはいえ、ただの人形じゃない」


 ぬるりと歩み寄るそれは、子どものような姿で、牙を剥いて突進してくる。


「う、うおおっ……!?」


 勇征が咄嗟に飛び退き、足元から神性の雷を走らせた。

 電撃が幻影の餓鬼に直撃し、それは一瞬だけ苦悶の表情を浮かべて、煙と共に掻き消えた。


「……なんだよ、あいつ……なんか、心臓にくる……」


「“敵”と認識しろ。姿に惑わされるな。もし実戦なら……迷った瞬間、命を落とす」


 言い終わらぬうちに、奥からさらに二体、餓鬼が現れた。


 一体は壁を這い、もう一体は声もなく高速で地を滑る。勇征の背後に回り込むその動きを、一臣が先に捉えた。


「右!」


「っ、オラァッ!!」


 勇征が叫びながら振り返り、拳に雷を宿す。

 雷光を纏ったその一撃は、餓鬼の顔面を打ち抜き、幻影は悲鳴と共に崩れ去った。


 一方、一臣は接近してきたもう一体に対し、無言で地面に手を当てた。


「《山域・沈岩》」


 石畳が変形し、餓鬼の足元を掴むように隆起する。

 動きが止まった瞬間、一臣は小さく腕を振り、地脈の力で幻影を砕いた。


「……冷静すぎだろお前……」


「お前が熱すぎるだけだ」


 肩で息をする勇征に、一臣は淡々と告げた。


 餓鬼は計六体。すべてを倒さなければ、階層突破の扉は開かない。

 残る三体が、奥から連携して現れた。


「一臣、最後は並んで行こうぜ!」


「――了解だ、“相棒”」


 二人は並んで構えた。一人は雷の拳を。もう一人は大地の守りを。

 幻影の敵に全力でぶつかる覚悟を宿して。



 第二階層、突破。


《評価:模擬演習合格。進行を認めます》


 扉が開き、訓練棟の出口が光を放つ。

 勇征は息を切らしながら、ふっと笑った。


「なんだかんだ、おもしれーな、“塔”ってやつはよ」


 一臣も小さく頷いた。


「この先も、油断するなよ」


 二人の影が、光の先へと消えていった。

 模擬塔演習は、まだ始まったばかり――。







模擬塔2階層、訓練塔内の別ルート。

 うねるような薄暗い廊下に、鋭い息遣いと足音が響いていた。


「おい、ミナト、そっちは罠って地図に——」

「気づいてるよ、トオル!右だ!」


 駆け抜ける3人の男女。

 班番号「JPN-K27」。突破したのは、今のところ10チーム中まだ3組のみ。


 先頭を走るのは、地図と方位感覚に優れた少年・早乙女ミナト。

 その後ろで盾型の武器を構え、慎重に進むのはがっしり体格の大河トオル。

 最後尾、素早い動きで左右を確認しながら、短剣を構える月野ユイナ。


「餓鬼、きた……二体!」

 ユイナが叫ぶと、通路の奥から小さな影が飛び出してきた。

 幼児ほどのサイズだが、獣のように鋭い爪と牙。目は飢えたようにぎらついている。


「正面は任せた、トオル!」

「了解! うおおおおおっ!」


 トオルが前方に突撃し、一体を押しとどめる。

 その隙にユイナが脇から滑り込み、もう一体の腹に短剣を滑らせた。


「……よし、倒した!あとは出口を探すだけ!」

 ミナトが呟いたとき、天井の水晶が青く光り始めた。


《K27班、模擬塔第二層・突破を確認。安全区域へ誘導します》


 ホログラムのガイドラインが空中に示され、彼らはしばらくその場に座り込んだ。


「っしゃ……やったな……」

「本番だったら、今の連携じゃ厳しいけどな」

 トオルが冷静に評価し、ユイナが笑う。「でも、通過したのは10班中、まだ少しだけでしょ?」


 同じ時間、塔の外。

 訓練監視室には複数の教官と、千堂学園長の姿もあった。


「K13班に続いて……K27班か」

 映し出される生徒たちのデータを睨むように見つめる千堂が、ふむと唸った。


「突破率、約15%……67名中、10名突破。例年並みだな」


「ええ。しかし、K13の二人は特別でしたね」

 横の教官が苦笑する。「特に武雷勇征。あの突撃気質は課題でもありますが、突破力は抜群です」


「……大井一臣のカバーがあってこそだがな」

 千堂が顎を撫でながら、映像を切り替えた。


 脱落班の様子が映る。

 餓鬼に恐怖して叫び、動けなくなる者。攻撃を躊躇って立ち止まる者。

 神の力を授かったとはいえ、人としての未熟さが色濃く浮き彫りになる。


「これが、現実……か」

 教官の一人がポツリと呟く。


 画面が切り替わり、K13班のデータが再度映る。

 勇征と一臣の名が、一際明るく輝いていた。


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