第2話神徒学園
霧のかかった出雲の山並みに、朝の陽が差し込む。
その奥に建つのは「国立神徒育成高等機関」、通称――神徒学園。
神に選ばれた者だけが通う、日本最高峰の育成施設。
古の神殿と最先端の技術が融合したようなその構えは、まさに“神域”の名にふさわしい。天に伸びる白亜の塔、結界に護られた神殿のような校舎、風に揺れる神紋の旗。自然と異能が調和する、異世界のような学び舎。
現実感に欠けるほど荘厳だった。風の流れすら神聖に感じさせる空気。
ここはもう、普通の人間が立ち入る世界ではない。
「やっぱすげーな……。まるで神様の居間に迷い込んだ気分だ」
校門前で立ち尽くす少年、武雷 勇征(たけい ゆうせい)は目を丸くしながら言った。
短く刈った髪に、無駄のない筋肉。その姿には早くも“戦士”の雰囲気が漂う。額にはうっすら汗。緊張というより、昂りから来る熱だ。
「落ち着け。まだ何も始まってない」
隣に立つのは大井 一臣(おおい かずおみ)。
背が高く、姿勢もいい。真っ直ぐに校舎を見つめるその目は静かで、深く、どこか他人の感情すら受け止めそうな懐の広さがあった。
無駄口を叩かず、背中で語るような少年だが、幼馴染の勇征の前では少しだけ表情が柔らかい。
「ははっ、そうだったな。一臣がいりゃ大丈夫か」
勇征が笑うと、一臣は黙って頷いた。
「俺たちは何位まで行けると思う?」
「目標は決まってるだろ。頂点だ」
一臣の答えに、勇征はニヤリと笑った。
「……こっからテッペンまで競争だな。一位はもちろん、俺だ」
勇征が闘志を込めて言い放つ。
その目に映るのは学園ではなく、その先にあるバベルの塔最上階だった。
世界中の強者が目指す、その場所へ――己の力で辿り着く。それが武雷勇征の揺るがぬ目標。
「俺は―名を残す。神話に並ぶ名をな」
一臣はその言葉に目を細める。彼にはまた別の理由がある。それでも、この瞬間だけは心を重ねられる。
「また一緒だな、一臣。よろしくな、相棒!!」
勇征が笑うと、一臣は黙って頷いた。だが今度は、口元がわずかに緩んでいた。
二人は長野出身の幼馴染。
幼いころに偶然、蜃気楼のように空に浮かぶバベルの塔を見て、運命に惹かれ合った。
そして15歳の春、神に選ばれ、同じ学園に入学した。
案内人も教師もいない。ただ、校門を通ると、空気が変わる。
神性に反応するように結界がふっと解け、風が新たな世界の香りを運んでくる。
敷地内ではすでに、同じ年頃の少年少女たちが集まり始めていた。
顔ぶれは多様。やけに貴族然とした者、民族衣装のような服を着た者、明らかに武道をやってきた者もいれば、ぼんやりとした風貌の者もいる。
100人には満たない、それぞれが異なる神と契約し、異なる目的を持ってこの場所に集まった者たち。
だが目指す先は一つ。
――バベルの塔。世界の頂。
国立神徒育成高等機関―神徒学園の講堂は、神域らしく厳かで静謐だった。
空間全体に神性が満ち、天井には幾つもの神紋が煌めく。ステンドグラスから差し込む光が、それぞれの神の色を帯びて壇上を照らしている。
壇上に立つのは、学園長―千堂 厳真(せんどう げんしん)。
筋骨隆々とした大柄な体躯、背筋の伸びた姿勢からは年齢を感じさせない。白髪交じりの髪を後ろに流し、鋭い目で生徒たちを見渡すその姿は、威圧というより“信頼される者の覚悟”に満ちていた。
彼はかつて伝説級の使徒として名を馳せた存在―バベルの塔・第120階層を突破した、国家戦力級の元使徒。
国家の最高機密とされる神具の発見者であり、神格の再定義に関わった歴史的英雄でもある。
今は塔を退き、後進育成にすべてを捧げている。
「本日ここに集まった六十七名―貴様らは選ばれし者だ」
重く、揺るぎない声が講堂を包んだ。
全員が静まり返る中、その言葉は真っ直ぐに、魂へ届く。
「神が貴様らを選んだのは、可能性に賭けたからだ。
だが、期待されているからといって、守られるわけではない。
塔では、運も奇跡も通用しない。己のすべてが試される」
勇征は拳を握る。
彼の中で何かが熱くなる。まるで、魂が呼応するように。
「私はすでに塔を降りた。だが、神域の理は変わらん。
登る者にしか見えぬ景色がある。
そしてその最上に、未だ誰も到達していない“真理”が眠っていると、私は信じている」
大井一臣もまた、静かに目を細めていた。
その“真理”が何かは分からない。だが、そこへ続く階段を登ることこそ、自分が今ここにいる理由だと感じる。
「これより半年間、貴様らは知識と制御を学び、模擬塔で鍛錬する。
ただの子供としてここに来た者も、半年後には戦う“使徒”として塔に挑む資格を持つだろう」
その言葉に、生徒たちの顔が変わる。
恐れもある。期待もある。それでも、誰もこの場から目を逸らさなかった。
「最期に一つ。これは私の願いだ」
千堂学園長は一瞬だけ目を閉じた。そして言った。
「生きて帰れ。それができる者こそ、次の“導き手”となれる」
沈黙。
そして、ひときわ強く響く拍手が講堂に満ちた。
勇征は隣の一臣に小声で言った。
「なんか……本当に始まっちまったな」
「まだ“始まりの始まり”だ。焦るなよ、勇征」
そう言って笑った一臣に、勇征は少しだけムッとしながらも、笑い返した。
こうして、JPN-K13―武雷勇征と大井一臣の、塔を駆ける冒険の幕が、静かに上がっていく。
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