第四章:虚無の王、降臨

 アストライアの警告通り、その時は来た。空が裂け、禍々しい紫黒の亀裂から、形容しがたいほどの絶望と恐怖をまき散らしながら、「虚無の王」が降臨した。


 その姿は不定形で、闇そのものが意志を持ったかのようだった。


 虚無の王の出現とともに、世界中の魔力が急速に失われ、大地は枯れ、生命の輝きが失われていく。


 学園の強力な魔法使いたちも、なすすべなく倒れていった。


 彼らの誇る強大な魔法も、根源たる魔力を吸い上げられては意味をなさなかったのだ。


 絶望が世界を覆い尽くそうとしたその時、エルフリーデは星見の水晶の前に立っていた。


 彼女の銀色の瞳は、虚無の王が放つ絶望の波動にも揺らがず、その本質を見据えていた。


「ライル、手伝って!」


 エルフリーデは、観測日誌とアストライアの知識、そして自らの「星詠みの瞳」を駆使し、虚無の王の弱点を探っていた。


 それは、強大な力で打ち破ることのできない、絶対的な存在。


 しかし、アストライアは一つの可能性を示唆していた。


「虚無の王は、この世界の法則の外にある存在……しかし、完全に独立しているわけではない。わずかな『歪み』……世界の理との接点が存在するはず……」


 エルフリーデの瞳が、虚無の王の不定形な体の中に、ほんの一瞬だけ揺らぐ極小の点を見出した。


 そこが、この世界の法則と虚無の王を結びつける唯一の「楔」だった。


「あそこだわ! でも、どうやって……」


 その楔は、あまりにも小さく、そして常に移動している。


 通常の物理攻撃や魔法では、到底捉えることができない。


 その時、エルフリーデは思い出した。


 学園で「初歩」だと馬鹿にされ、ろくに扱えなかった基礎魔法の一つ――「集束の魔印」。


 それは、微弱な魔力を一点に集中させ、精密な操作を可能にするためのもの。


 落ちこぼれだった彼女が、唯一、少しだけ得意としていた魔法だった。


「これなら……!」


 エルフリーデは、残されたわずかな魔力を、その一点に集中させようと試みた。


 それは、大海の一滴にも満たない魔力。


 しかし、彼女の「星詠みの瞳」による正確無比な観測と、研ぎ澄まされた集中力が、その微弱な力を、針の先端よりも鋭く、そして正確に導こうとしていた。


 ライルは、エルフリーデを守るように彼女の前に立ち、虚無の王が放つ絶望の瘴気から彼女を庇った。


 彼の黄金色の瞳には、エルフリーデへの絶対的な信頼が宿っていた。

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