X=君、でも私は解になれない
天野 つむぎ
プロローグ
いま私は、駅のホームで電車を待っている。
春先の風はまだ少し冷たくて、グレーのスーツの袖口から忍び込んでくる空気が、妙に昔を思い出させた。
ふと、カバンの中にしまっていた本を取り出す。大学受験のころに使っていた、数学の問題集。
ページの隅に、かすれた鉛筆の文字が残っていた。
「向きが違えば、どれだけ距離が近くても交わらない」
書いたのは、私だ。でもその言葉は、あの人の口から聞いたものだった。
数式のように明確で、なのにどうしようもなく曖昧な感情。
恋だった。間違いなく、恋だった。
高校二年の春、私は担任の数学教師に恋をした。
一目惚れだった。
「人を好きになる」って、どういうことなんだろうって、ずっと思ってた。
胸が痛いとか、会いたくてたまらないとか、そんな感覚をドラマの中の話みたいに思っていた。
でもあの人に出会った瞬間、
心臓が跳ねた。
息が詰まった。
理由なんて、何ひとつわからなかったのに。
それはきっと、証明できない式のようなものだった。
……春原先生。
あなたの名前を思い出すたびに、胸の奥がじんと熱くなる。
あの日の黒板のチョークの音も、窓から差し込んだ午後の光も、今でもちゃんと、私の中にある。
忘れたふりをしていただけだった。
だって、私たちは結局、解になれなかったから。
あれは、
私が人生で初めて、解けない問題に出会った日々だった。
だから、もう一度だけ思い出そうと思う。
あの春の日からはじまった、
数学と恋と、すれ違いの記憶を――。
これは私が唯一解けなかった
「X=君、でも私は解になれない」
きっと最初で最後の叶わぬ恋のお話。
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