第2話

「いらっしゃい」

 背後から突然声がして、春希は弾かれたように背筋を伸ばす。そこには白髪の老店主が立っていた。笑い皺のくっきり刻まれた瞼に埋もれた目、笑みを浮かべる唇からは金歯がのぞいている。


「あのう、これは何が出てくるんですか」

「やってみるかい」

 そう言われても春希の手持ちは十円しかない。老店主は手のひらに置いた十円玉をひょいと取り上げ、代わりにポケットから出した王冠のマークのついたコインを春希に握らせた。

「回してごらん」

 春希はコインをコインメックにセットする。ハンドルを握り、左に回した。ゴリッと手ごたえがしてカプセルがシャッフルされる。一際強く回すとカプセルがころんと落ちてきた。ワクワクしながら開けてみると、銀色の札が入っているだけで他には何もない。


「これだけ?」

 春希は銀色の札を見つめて首を傾げる。背中の曲がった老店主はにこにこ笑っている。十円とはいえ損した気分で春希はみつば駄菓子店を出た。振り返ると扉の木枠の隙間から老店主がこちらを見つめてにんまり笑っているのが見えた。

 夕暮れ空にオレンジ色に染まるちぎれ雲が流れていく。家に帰ったら母親はまだ怒りモードだろうか。ご機嫌取りに宿題をするのもしゃくで浮かない気分のまま家路についた。


「ただいま」

「おかえりなさい」

 聞き慣れない声に、春希ははっと顔を上げる。親戚のおばさんでも来ているのだろうか。しかし、玄関には見慣れぬ靴はない。春希はリビングに向かった。キッチンから香ばしい匂いが漂ってくる。母は晩ご飯の用意をしているようだ。いつも母の着ている花柄のワンピースが視界に入り、安心する。

 春希はソファに横になり、漫画雑誌を手に取る。


「今日のご飯何?」

「今日は春希の好きなハンバーグよ」

 春希は反射的にソファに沈み込んだ身体を起こした。優しい声音は母の声ではない。花柄のワンピースを着た女が振り返った。

「母さんじゃない、誰なんだ」

 春希は女を見据えて身震いする。お気に入りのカエルのクッション、学校の遠足の予定を書いたカレンダー、ここは間違いなく自宅だ。でも母ではない他人がキッチンで料理を作っている。


「何を言ってるの。私は春希のママよ」

「あんたなんか、し、知らない」

 春希ははっと目を見開く。さっき立ち寄った駄菓子店で面白半分に回した親ガチャ。まさか、ガチャガチャで彼女を引き当てたのか。


「晩ご飯はもう少しでできるからゲームでもしてて良いわよ」

「う、うん」

 彼女はすっかり春希の母になりきっている。そして本物の母より若くて優しい。いつもはお皿や箸を並べなさいと言われるのにゲームをしていて良いという。春希は複雑な気持ちでゲーム機の電源を入れた。


 テレビゲームを起動してみたものの、集中できずにいた。母が突然他人にすり替わってしまったのだ。動揺していないわけがない。しかし、もしかしたら母の意地悪なのかもしれない。友達を呼んで演技させて影で楽しんでいるのかも。無理やり自分を納得させ、春希はゲーム画面に向かう。中世の騎士が廃城を探索するアクションゲームだ。午前中に思いついた攻略法を試すため、ゲームに没頭し始めた。


 

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