みつば駄菓子店

神崎あきら

第1話

 春希はふくれっ面で道端の空き缶を蹴飛ばした。テレビゲームのやりすぎだと母から激怒された挙句、ゲーム機の電源ケーブルを取り上げられてしまったのだ。それで大げんかをして家を飛び出した。宿題は夕方からやろうと思っていた、それなのに。春希は拳骨を落とされじんじん痛む頭頂部を撫でる。たんこぶはできていないようだ。もう一度蹴った赤色の炭酸飲料の空き缶は軽やかに弾んで用水路に飛び込んだ。


 母は気分屋だ。今日は午前中にあった強制参加の町内会の掃除で老人たちが世間話ばかりして全く掃除をしなかったと不満たらたらだった。そこで日曜だからと朝遅く起きてゲームを続けていた春希に八つ当たりが飛んできたのだ。

 同級生の大地の家に行った時、お母さんが手作りクッキーとオレンジジュースを出してくれた。拓海の家ではざらめたっぷりしっとりカステラが出てきた。友達の家の母親は優しい。


「それに比べてうちのは鬼ババだ」

 春希は怒り心頭の母の顔を思い浮かべ、ぼそりと呟いて俯いたまま郵便ポストのある曲がり角を曲がった。

 そこでふと、見覚えのない風景に気がついた。ポストの曲がり角の先には小さな薬局があったはずだ。薬局の前にはピンク色の象の人形が立っていた。それが無くなっている。不思議に思って見上げると、古ぼけた看板が目に留まった。


「みつば駄菓子店」

 その駄菓子屋は何年も前からそこにあったような佇まいだ。レトロな字体の剥げかけた看板に木枠の扉、煤けたガラス。「アイスの棒に当たりと出たらもうひとつ」と極太マジックで書かれたポスターが貼ってある。

 半開きの扉からラジオから流れる歌謡曲が聴こえてくる。春希は息を潜めてそっと店の中を覗いた。棚に並ぶ色とりどりの駄菓子、天井から吊られた凧、奥には長い白髪を頭のてっぺんでお団子にしたおばあさんが海老のように背中を丸めて座っている。春希は吸い寄せられるようにみつば駄菓子店に入っていく。


 老店主は起きているのか寝ているのか、こくりこくりと首を振っている。店の中には近所の大きなスーパーで見たこともない珍しい駄菓子が並んでいる。傘の形をしたチョコレート、ピンクやブルーの鮮やかな色のタブレット、フルーツ味の風船ガム。どこか気の抜けた愛嬌のあるカエルのキャラクターのついたスナックのパッケージに思わず口元が緩んだ。


 小学校四年生の春希のお小遣いは月500円だ。それも洗濯物をたたむ、風呂掃除、新聞を括って廃品回収に出すというアルバイトをこなさなければもらえない。一万円を持ってここで好きなものをかご一杯買えたら楽しいだろうな、と思うとわくわくしてきた。ズボンのポケットに手を突っ込んでみると、硬貨が手に触れた。大きさからして五百円玉ではない。穴が無いから五十円玉でもない。十円玉か、百円玉か。百円玉ならチョコレートバーが買える。どきどきしながら取り出してみると、十円玉だった。


 いくら駄菓子が安いといっても十円では何も買えない。春希はがっくりと肩を落とし、店を出ようとした。そこで目についたのはガチャガチャだ。猫のマスコットキーホルダーやリアルな爬虫類の置物、ミニカーなどの商品が並んでいる。


「えっ、親ガチャ」

 春希は思わず声を上げた。ガチャガチャマシンに書かれたポップ調の文字には確かにそう書かれている。春希は興味を引かれて親ガチャのケースを上から横から観察する。どんな商品が入っているのかイメージイラストもないし、カプセルは中身が見えない黒色タイプだ。

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