救世主は壊れた。

生田こまこ

第1話 「表」

それは、二度目の約束が果たされたときだった。


「よお。」

「うわ、びっくりした」


黄泉の国での二人の再会。

一人は大樹の根元で昼寝を、

一人はもう一人を起こしにやって来た。


「いつまで寝てるんだ」


この会話はちょっとした前置きである。

それでは、二人が生きていた頃の話をしよう。


二か月前


「強制捜査のあとすぐに!」


「静粛にお願いします」

「大通りに面するショッピングモールで、あの宗教団体による無差別殺人が起きたばっかりだろ。一刻も早く解散命令を出すべきなのに、上は何をやっているんだ・・・・」


午前中にあったこの会議の後味は悪かった。


僕は、日本をまっすぐで明るい国にするために国会議員になった。

もちろん、僕一人の意思で日本の未来をつくるだなんて不可能なことくらい分かっている。

一歩ずつでいいから、国民一人一人の信用を得て、みんなが明るく笑い合える未来を目指していくんだ。

でもそんな中、とある宗教団体が日本国民の平和を脅かしている。なんでも、そこの教祖は、「弱い人が救われる世界」を目指しているらしい。どこの教団も似たような思想を掲げているが、ここの教団は頭のネジがぶっ飛んでいるんだ。


望む世界をつくるためなら何をしてもいいと思っている、とんだ勘違い野郎の集まりなんだよ。

会議後、僕は心の中にそんな不満を込める。


他の議員は昼食の時間になると、食堂へ行ったり飲食店へ行ったりしているが、僕はロビーにある長椅子に座って、束になった書類を眺めていた。

そのとき、頬に冷たい感触があった。それは、缶コーヒーの感触。


「桐生さん、ブラックで良かったか?」

「・・・ああ、サンキュ」


僕に話しかけてきたこの男は、僕の有能な右腕である、宇賀 いおり。通称、情報屋。


僕の隣に腰をかけ、いおりはにやにやしながら言う。


「あの教団の特上ネタ入ったぜ。謎多き、教祖に関する情報だ」

「興味深いな。教祖のことなんて、信者しか知り得ないことなのに」


僕がそう言うと、いおりは嬉しそうな顔をした。


「潜入したのよ、俺。すげえスリルあって楽しいぜ」


それは、いおりの危機感が無さすぎることに再び気付かされた瞬間であった。

「はっ、潜入?それは生死を問わないぞ、いおり」

「分かってるよ。だからいいんだよ、報酬がでかいぞ」

「ふざけんな。スパイであることがバレたら、奴らに殺されるだろう」


「まあそう怒んなって。俺馬鹿だからさ、

議員とか、そういう真面目なことはできないんだよ。でも俺、どうしても桐生さんの力になりたくて、こういうことならできるかなって思ったんだ。恩もらったからな、形はどうあれ、

桐生さんの役に立ちたいんだ」


いおりはそう言って笑う。

・・・恩か。たしか僕といおりが出会ったのは、三年前だったかな。



三年前


豪雨の日だった。傘なんて一瞬でゴミになる。

午後六時頃、酒が切れていたから自宅近くのコンビニに行ったんだ。その帰りに僕は、家と家の間の、細い隙間に座り込んでいる男を見かけた。


「おい、こんなところで何してるんだ」


パーカーのフードを深くかぶって、ズボンが濡れることなんてお構いなしに、尻を地につけ、男は倒れるようにして座っていた。

僕が話しかけても反応はない。

「おい」

少し強引だったが、僕は男のフードを掴み、顔をのぞきこむ。

「・・・ひどい怪我じゃないか」


殴られたような顔をしていた、傷と腫れが痛々しい。


「・・・構うな、どっか行け」

男はこちらを睨んで言った。

「構うなったって・・・・さすがに見過ごせないだろう」

僕は男を自分の家に連れていった。風呂に入らせ、僕のスウェットを貸し、ホットコーヒーを淹れて男に出した。


「ブラックで良かったか?」


この男がいおりだ。

いおりは何日もまともな飯が食えておらず、

今にも死にそうな状態であった。話によると、一週間前に家を追い出されて、無一文だったときにカツアゲに遭い、金品が無かったからと腹いせに暴力を振るわれたらしい。

「災難だったな・・・・」


なぜ家を追い出されたんだろう。

まあ今は深堀らないでおこうか。


現在


「教祖は日本人。本名、東雲司しののめ つかさ。桐生さんと同い年の二十六歳」


いおりは続ける。


「東雲は、自分の理想への執着が他の教祖の並じゃない。人の道を外すことに躊躇いがなく、支配力で彼に勝る者は誰もいない。それと、東雲よりも、もっとおかしな人間が二人いることが分かった」


「おかしな?」


「ああ。まず一人目は、東雲の狂信者だ。

本名はいくら調べても出てこなかった。教団ではミアと呼ばれている。教祖様のためならなんだってするメンヘラ女だ。愛情がどろっどろ、見ていて気持ちが悪い」


「狂信者なんているのか」


「次に二人目、副教祖様だ。本名は、雨宮未來あまみや みこと。感情に支配されない冷徹な男で、まさに血も涙もない。俺は一番こいつがおかしいと思う」


「副教祖・・・、一番おかしいってどういうことだ?」


「ただの勘だ。あいつの糸目を見て、直感でやばいと感じた。それになんだかな、政府に対しての敵対心が半端じゃない。もし俺がスパイやってることが教団にバレたなら、あいつに殺されるんだろうなって気がする」


正直、いおりの勘は信用できる。

なんせ情報屋だ。

それよりも僕は、気になることがあった。


「そうか。ありがとう、いろいろ」

「全然よ、また良いネタ持ってくるからな」


昼休憩が終わる数分前、いおりはそう言って立ち上がり、国会の正門に向かって歩いていった。


「東雲司・・・・」

僕は午後にも会議があるので、会議室に向かって歩き出した。それは正門とは真逆の位置にある。



東雲 司

この名前が僕の気になること。ずっと頭に残り続けている。

今、僕の心の中はごちゃごちゃになっていた。


だって、この名前は僕の親友の名前だから。


また会えるかな、なんて言って、ある日司は僕のそばからいなくなった。それ以来ずっと会えていないんだ。

教祖だなんて、どうしてこうなった。

ちゃんと会って話がしたい。


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