第20話 混濁した中で見る光

 うぅ……頭が痛い。腕も上がらない。体が自分のじゃないみたい……。


 なんだかこの光景、前にもあった気がする。

 でも、はっきりとは分からない。ただ、そんな気がするだけ。


 顔を覗き込む誰かの影。エカード先生かしら。ドワーフたち?

 どちらにしても今の私には確認しようがない。


 意識が遠くへ飛んでいく。飛んで、飛んで、飛んで……


 お屋敷の中。


 広い背中にマントをかけたお父様がいる。


『カトリーナ』


 低く深い声で私を呼ぶ。

 お父様は赤子を抱いていた。生まれて一年かそのくらいの幼い私。お父様の髭を触って楽しそうに笑っている。

 がっしりとした体格で、お顔立ちはとても険しいのだけれど、私に向けるものはとても優しい。


『お前の奔放さは私に似たのかな。剣に興味があるとは』


 あんな小さな頃からお父様の剣に興味があったのね。


『いつか私のようになってしまうのかな。それでもいいが、お前にはもっと幸せな道を歩んで欲しい』


 ごめんなさい、お父様。

 私はお父様が思い描くような幸せな道を歩めていないかもしれないわ。

 いつもお義母様に叱られてばかりなんだもの。


『だが、お前がどんな道を選ぼうとも、私はお前の味方でいるからね』


 温かい光が私の胸に飛び込んでくる。それは優しく体に馴染んでいき、全身が柔らかな羽毛に包まれるよう。


「お父様」


 思わず声をかけると、赤子を抱いていたはずのお父様がこちらを見た。


「お父様、私は自分を信じて生きていいんですよね?」


 すると、お父様は柔らかく笑った。それはきっと肯定の笑顔。

 光に包まれていくお父様の姿を見送り、私はまっさらなお屋敷の中に一人佇んでいた。


 カトリーナ。


 そう呼ぶ声がする。お父様ではない別の声。


 少年姿のエカード先生が遠くから手招きしている。その声に導かれるように走る。でも、何かに足を掴まれて前につんのめる。黒い影が私の動きを封じようとする。


 でも、私には武器がある。


 銀色に艶めく剣。柄には情熱を示す赤い宝石がはめ込まれている。

 お父様の魔剣で私はその影を振り払う。


 そして、エカード先生の手を取ろうと自身の手を伸ばして走る。

 少年姿だったエカード先生が、今の姿に変わっていき、その手に飛び込む──!



 ***


「カトリーナ……!」


 うっすらと目を覚ますと、薄暗い天井とエカード先生の顔があった。

 私が眠る横に座って手を握ってくれていたのか、怪我をしていた手のひらにじんわりと熱を感じる。


「エカード、先生……私……」


 声がかすれてうまく出せない。そんな私に、彼は「いい」と首を横に振った。


「無理に話すな。魔力切れで倒れたんだ。手も怪我してたし、足は冷えてたし、ところどころ擦り傷もあった。化膿する前に薬を塗っておいたからな」


 ありがとうございます。


「もうすでに夜が更けた。明日の朝、帰ろう」

「はい……」


 どうやらここはヴェルデたちの家みたい。

 あれから数時間も眠っていたみたい。急に目を覚ましたからか頭が痛む。顔を歪めると、エカード先生が額に手を置いた。


「まだ寝ていなさい。君は頑張りすぎだ」


 そうしよう。だって、私は弱いから。


 でも、あの場では私がああしないと。

 ああしないと、いけなかったもの。


「カトリーナ?」


 私は先生から顔をそむけた。


「どうした? 傷が痛むか?」

「いえ……違うんです」


 どうしよう。泣いちゃう。


「じゃあ、どうしたんだ?」

「……だって、私、弱くて」


 つい口をついて言葉が出てきていた。


「ああしないと……私はなんのために生きてるんだろうって、思うから」


 そして言葉にするとじわっと涙があふれる。


 なんの役にも立てない私ができる唯一の武器でショイを助けたかった。

 でも、先生たちの力がないとできなかった。

 私は自分だけの力じゃ生きていけない。弱い。だから自分にできることをしたい。それがみんなの迷惑になるかもしれなくても、じっと守られるだけじゃ嫌なの。

 自分勝手な欲求だと思う。でも、それが私だから。


「ごめんなさい」

「何を謝る。君はあの場で、誰も思いつかなかったことをやってのけた。大したものだよ」


 目元を手で覆って涙を見せまいとしていると、エカード先生は静かに言った。 

 額に置いた彼の手に触れる。今はその手を掴んでいたい。

 どうも体が弱っていると心まで弱ってしまうみたい。


「君はすごいよ。妬ましいくらいにすごい。この天才にそこまで言わせるんだ」

「ははは……それ、褒めてるんですか?」

「あぁ、当たり前だろ」


 そう言うとエカード先生は私の手を取って真剣な瞳を向けた。


「君の生き甲斐は、この僕が誰にも邪魔させないから、そんな悲しいことを言うな」


 私の目尻に落ちる涙を指先で拭ってくれる。

 そんなエカード先生の優しさに私は急激に顔が熱くなった。握っていた手をぎゅっと握りつぶす勢いで掴む。


「いたいたいたいたい! なんだ!? 馬鹿力が凄まじいな!? 回復させすぎたか!?」

「先生の言葉で元気になりました!」


 そのまま起き上がって先生の腕にしがみつく。


「ありがとうございます、エカード先生!」


 すると彼は「あぁ」と言い、頬に赤みが差した。

 良かった。なんだかよそよそしかったものがなくなってる。


「はー、魔力の回復が順調ですぅ……変な夢見ちゃったけど忘れました」

「変な夢? おっさんドワーフが出てきたか?」

「へ? いいえ。どちらかと言えば、お父様ですね」

「お父様……ライデンシャフト伯爵か」


 エカード先生は拍子抜けしたような顔をした。


「じゃあ、おっさんドワーフじゃないのか……良かった」

「ん? はい……どう良かったのかは分かりませんが、先生が安心してるならいいかと」


 首をかしげる私に、エカード先生は天井を見上げて長い息をついた。

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