第19話 絶望の時こそ
轟音がしたと同時に、入り口が瓦礫によって塞がれた。
私はショイに覆いかぶさったままその様子を茫然と見ていたけど、暴発した火と風は、水の魔石に移り、なんとか火は消し止められた。
けれど、今度は水の魔石の原石が暴発し、大量の水が放出された。足元はすぐに水浸しになる。
「瓦礫をどかさないと!」
ショイが私の下から抜け出し、ツルハシをとると懸命に振るい、瓦礫を少しずつ削った。
私も急いで瓦礫に手を伸ばす。岩をつかもうとしても、びくとも動かせない。手頃な小石などを掴み、とにかく手当たり次第に瓦礫をどかしていく。
私も武器があれば力になるのに……!
そうこうしているうちに水が足首にまで到達し、魔石の原石がどんどん水へ沈んでいく。原石が水に濡れても問題はないけれど、このままだと私たちが溺れて死んでしまう。
「ごめんよ、ごめんよ」
ショイがツルハシを振るいながら謝る。
「そんな、あなたのせいじゃないわ」
「違う。おいらのせいだ。おいらのせいで、ムンターも……!」
どうも彼の中でトラウマが蘇っているかのようだった。
ドワーフは屈強で怖いものなしだと思っていたけれど、そうじゃないみたい。
ただいくら二人で頑張っても、瓦礫はどんどん崩れるばかりで光が見えてこない。
助けを呼ぼうにもきっと声は届かない。
「どうしたら……っあ!」
手のひらに強い痛みが走り、持っていた瓦礫を思わずその場に落とした。
汚れた手に血が滲む。瓦礫にこすれて手のひらを切ったみたい。
でもこんなの……負けてられない!
「よしな、怪我した手でそんな」
「大丈夫。後で先生に傷薬をもらうから」
私は血が滲む手でもなお瓦礫を掴んだ。けれど思うように力が入らない。
すると、瓦礫の向こうから誰かの声がした。
「カト……リ──ナ──!」
エカード先生!
ショイが振るうツルハシの音に紛れて、エカード先生の声がする。
やがて、小さな光が見えた。瓦礫の隙間にエカード先生の目がある。
「カトリーナ、ショイ、無事か!?」
「先生、すみません……こんな」
「謝るのは後だ! 無事で何より」
そう言うと先生は、ハンマーを振るって向こう側から瓦礫を崩していく。
どうもヴェルデも同じく頑張ってくれているよう。
私は辺りを見回した。鉱石があれば……あった!
石と鉱石が混ざった塊を取り、スキルを手のひらだけで発動する。
私でも持ちやすいスコップになった。
怪我のない手で握り、下の方を削っていく。けれどすぐにスコップは使えなくなる。何度かそれを繰り返す。でも……
「ダメだわ、やっぱり媒介がないと」
私の力は脆い。こんなとき、なんの力にもなれないなんて……
『あなたは弱い』
唐突にお義母様の声が頭の中に響いた。
これはフラッシュバックだ。
『弱くて何もできない役立たずなのだから、大人しくしていなさい』
『あなたごときが何か為そうだなんて馬鹿げているわ』
『現実を知りなさい』
『あなたは私の言うことを聞いていればいいの』
『あなたは無力で無能なのだから』
──ほら、何もできないでしょう? いい加減に諦めなさい。
幾度となく言われた言葉。
そのたびに私は、笑って答え続けた。
『はい、お義母様。分かりました』
納得していなくても、そう答えなければ私か私の代わりに誰かがお仕置を受ける。リタなんて何度も食事を抜かれた。私が言うこと聞かないと侍女たちがいじめられる。私自身も散々ぶたれたり蔑まれたりした。
でも、今は違う。
「落ち込む暇があるなら手を動かせ!」
胸のうちでのたうつ熱いものが込み上げ、自身を叱咤する。と、横でショイがびっくりした。
「ごめんなさいね、ショイ。私も一緒に戦うわ」
そう言って私は隙間に向かって声を上げた。
「エカード先生!」
「なんだ!?」
「この鉄鉱石をインゴットにしてください!」
足元にあった鉄鉱石を拾い上げ、隙間に差し入れる。
「はあ? 今はそれどころじゃ」
「早く! いくつか欲しいんです! そしてそのハンマーを貸してください!」
私の気迫が伝わったのか、エカード先生は鉄鉱石を受け取ると、ヴェルデにその隙間を中心に瓦礫を崩すよう言った。
外で紫色の光が立ち、すぐ隙間に鉄のインゴットが差し出される。このくだりを四往復ほど繰り返した。
「ありがとうございます、これでなんとかしてみます!」
「あぁ」
エカード先生はハンマーを私に渡してくれる。その隙間から見える顔は泥だらけで、いつもきれいな先生に似合わなかった。
「ショイ、風の魔石の原石を採掘してくれる?」
「おぉ、わかった!」
水はすでに膝まで到達した。早くしないとショイが先に溺れちゃうわ。
私は鉄のインゴットを比較的平らな岩に並べて置き、目をつむってイメージした。
直径の大きさは私の顔くらいでいいかしら。もっと大きくしたいけれど、威力を分散させたくないから小さくてもいいかもしれない。ともかく、やるしかない。
「ハァッ!」
ハンマーにありったけの魔力を込めると、柄から頭へとなめらかに自分の魔力が浸透していくかのように、光の筋が走った。
ハンマーをインゴットめがけて叩き、魔力を放つ。何度か繰り返す。
「できた! 魔風砲!」
「なんじゃそりゃ?」
ショイが素っ頓狂な声を上げる。
できたのは私の顔ほどの大きさの鉄の筒。長さは私の腕くらい。魔風砲の底に魔石を取り付けるようにしており、魔力発動と発射のボタンをそれぞれ作っている。
「風の魔石は見つかった?」
振り返って訊くと、彼は小さくむっちりとした手に黄緑色の原石を抱えていた。
「ありがと」と短く礼を言って受け取り、またエカード先生に話しかける。
「先生、これを魔石に生成してください!」
「わかった」
先生ももう説明を要求することなく素直に受け取ってくれ、すぐに魔石に生成してくれる。
それを受け取り、私はできたばかりの魔風砲へ魔石をセットした。
「ショイ、私の後ろにいて。先生たちは離れててください!」
「なにする気だ!?」
エカード先生が訊く。私は魔石をセットした魔風砲に魔力が行き渡るのを感じながら、大声で叫んだ。
「ここを一気にぶっ放します!」
キィーンと魔風砲が威力を溜める音がする。
壁の向こうの二人が離れたかどうか確認はできないけど、さっきの短い説明でわかってくれたはず。そう信じて、私は発射のスイッチを押した。
その瞬間、大きく固い風の塊が瓦礫を突き抜けた。一気に吹き飛ぶ瓦礫と同時に溜まっていた水も放出されていく。
そのとき、崩れる瓦礫がピタッと動きを止めた。空中で固定されたように動かない。
「まったく、君は……」
エカード先生が手のひらをかざし、瓦礫の崩壊を魔法で止めてくれていた。
助かったぁ……!
あ、ダメだ。安心したら、気が遠く……。
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