第21話 思惑


「なぁリオ。少し大きくなったか?」


 あの事件以来一度も足を踏み入れていない、大切な場所。

 霧がかった山の麓で、大剣を背負った男の人がこちら側に来て放つ一言は、妙に聞き慣れた声だった。


「まあそんなこといいか。それよりリオ、さっさとそこ座れ。飯が冷めちまう」


 火のある方へ手招きする彼。


 嗚呼、なんて意地の悪い夢なんだろう。

 あの人が、「リオ」と呼ぶのは、最後の別れ際でしか聞いたことがないから。これは、間違いなく夢だ。


「おら! たまにはお前らが料理運ぶんだよ! いつもいつもリオにおんぶに抱っこか!?」


「お頭……そんな気い放たないでください。痛いんですわ」


「ちんたらやってるお前らがわりぃ」


 ずっと昔のことのように感じられる。

 温かい自分の、自分たちの世界。


 喧嘩して、あの人に怒られて最後にはみんな一丸となって一緒に笑う光景が、焼きついて離れない。


「お嬢見てくれよあのお頭。こわいよなぁ」


「ぁぁあ"?」


 決して現代人感覚からしたら綺麗なトイレも、清潔なごはんも無くて辛いんだろうけど、慣れた今は、この生活が恋しい。


 でも、これは……夢なんだと。

 自分が見たい幻想だって。


「どんな顔してんだリオ、誰かに悪戯でもされたか?」


「いや……違くて」


 どんな顔をすればいいのかわからない。

 たくさん言いたいことがあるのに、何も出てこない。


「お頭ぁ、なにかやらかしたんじゃないんですかい?」


「最近、お嬢のことめちゃくちゃ痛めつけてましたからねぇ、嫌われたんすよ絶対」


「いいだろう。その喧嘩買ってやる」


 きっと自分は、この会話の外側にいるんだと思う。

 もう、戻れない場所だから。自分はあの時、あそこから逃げたから。


 此処に、いるべきじゃないんだろうなって。

 弱い自分がこれ以上弱音を吐くのは、嫌だから、はやく目を覚ますべきなんだ。


 ノマドさんのような剣士になりたいのであれば――……、、


「ねえ、ノマドさん。ノマドさんは……自分が強くなれると思いますか?」


「は、それを考えられるうちなら強くなれるだろ」


 それでも、不安で仕方ない。

 自分には魔法とか異能とか、そんなもん何一つないし、成長限界なんて直ぐ打ち止めになる。


 ノマドさんや、クリスさん。あのテロリストとかもそうだけど、どうしても太刀打ちができない相手は、きっとこの世界にはごまんといるはず。


 そうした時、自分はどうしたらいいんだろう。


「ま、無茶はすんなよ」


 郷愁を抱くような、温かい場所。月に照らされた黄金色の花が風に揺れ、その中心に、ノマドさんのシルエットがぼんやりしていく。


「……しないように頑張ります」


「は、“頑張る”か。それを言うようじゃ無理そうだな」


 ゆっくりと歩み寄ってきて、目の前で立ち止まった彼――。


 静かで深みのある声。ぶっきらぼうな物言い。冷たいのようで自分のことをよく見ていて、陽だまりのような雰囲気。誰より自分が知ってる。


「生き急ごうとするな。俺みたいになりたくないだろ?」


「なりたいですよ。あなたみたいに」


 間髪入れずにそう返すと、ノマドさんは気まずそうに返事はしなかった。

 

 それから、少しずつ、彼のシルエットはぼやけていって、この風景も歪んで消えていく。


 ――まだ、ここにいたかったな。

 心地よくて、もう何処へも行きたくなくなるような、そんな夢。


 でも、剣聖にまだなっていないのに、この人に会う資格なんて無くて、そんなことを思ってしまったからなのか、景色はゆらめき、カメラのピントから外れたようにボケて消えていく。


「は、馬鹿弟子が」


「どっちが馬鹿ですか」


 自分には「生き急ぐな」なんて言って、置いていった癖に……

 随分と温かくて、酷い夢だと思った。


 叶うならこの夢からずっと覚めることなく、楽になりたい。ノマドさんともっと話したいし、「頑張ったな」って褒めてほしい。


 でも、今此処で優しくされたら、きっと楽な方向に流されちゃう。

 そしたら、今まで歩んできた自分の覚悟と、ノマドさんたちと築いた大切な思い出への裏切り行為になってしまう。だから……


「またいつか、あなたに会いにいってもいいですか?」


 この世界にくる前の自分なら、命をかけて剣士になりたいなんて思いもしなかっただろうな。

 これが良いのか悪いかは分からないけれど……きっと今の自分なら、いつカメラを向けられたとしても、退屈な物語は映らないと思う。


『じゃあそれとなく、待ってるわ』


 そんな言葉を皮切りに、ノマドさんの姿は消えていった。


 ――――――

 ――――

 ――


 目を開けると、眩しいほどの白い光が頭の奥に突き刺さった。


「ごほっ……」


 血が染み込んだ包帯から出る、鼻を刺すような不快な匂い。吐き出した息が胸の奥に引っかかり、息苦しさが残る。


 背中には硬い板の感触。粗い布が汗に貼りつき、寝返りを打つことさえ重たかった。


 耳の奥で別人の呻き声が響き、布越しに人影が揺れた。


 ここは一体……


「気がついたようですね」


 修道服に似た白のローブを見に纏う、いわゆるイケオジという類に分類されるであろう男性が、こちらにやって来た。


あえれすか誰ですか?」


 口が上手く動かず、発音が思うようにいかなかった。


「こちらであなたの手当をした者です」


 低く穏やかに響く声に、自然と視線がそちらへ向く。


「ああ、あまり口は動かさないようにしてください。顎の骨が割れていたので、治癒魔法で処置をしましたが、完治はしてません。治るまで違和感はあると思いますが、しばらく安静にすれば治りますので安心してくださいね」


 優しく微笑む男性の言葉に一瞬安堵したけど、それ以上にカルゴさんとアネットさんがどうなったのか心配だった。


 早く二人の様子を確認したいのに、動けないのがもどかしくて、苦しくて。

 もし、大丈夫じゃなかったら……自分がなんとか働いて、お金を稼がないと。


 そんな最悪を考えていたら、今まで感じないようにしてきた不安と、少しの恐怖が脳裏をよぎった。


 嗚呼、どうかしてる。

 体が衰弱してるから、気も弱くなったのかな。二人がいなくなるわけないのに。


「リシャール師、お嬢さんの容態は如何ですか?」

 

「……アルスランス卿、あまり療養室に入らないで頂きたい。卿を気にして部下の仕事が滞るのですが」

 

「もしかして私、邪魔でしたか?」


「いえいえ、とんでもない。ただアルスランス公爵家の姫君が近くにいると緊張で体の震えが止まらないだけです」


「……すごく邪魔みたいですね」


 クリスさんと、たぶんこの世界でいう医者の人が親しげな雰囲気で話しているのを横目にしていたら、クリスさんと目が合った。


「起きてましたか」


「あ――」


「無理に喋らなくても大丈夫ですよ。それと、伝えたいことが。あなたのお連れのお二方は無事です」


「ほんろ?」


「嘘は言いませんよ。安心してください」

 

 よかった。

 二人とも、無事なんだ……


「ただ、女性の方は義足が必要ですね」


「……へ?」


 誰が?

 アネットさんが?


 混乱。困惑。

 自分の顎も治るというのだから、脚の一本くらい、治してみせてよ……この世界には、魔法があるんじゃんか。

 

「人の生命力を対価に一部の身体を修復する魔法はあります。ですが、それは望まないと。二人とも一緒に長く生きたい、との要望でしたので」


「ぁう……」

 

「あまり落ち込まないでください。私にも責任はあるので、療養と義足の代金は全額お支払いしますよ」


 ――それは、純粋な好意じゃなかった。


 この世界に来て、スマホやテレビじゃなくて、人の顔をよく見るようになったからなのかは分からないけれど、直感的にそう思った。


 あの襲撃者のことは知っていたようだし、おそらく、お金は……恩の押し売りと、口止め料も含まれているのだろう。


 恩を受けざるをえない状況を作り出される手法には警戒しろと、ノマドさんから口酸っぱく言われたのを思い出す。

 自分たちの手持ちは少ないし、これは甘えざるおえない状況。

 

 なんで、こんなことになったんだろう。


 この人は、信用していいのか、信頼できるのか。……分からない。

 

 痛みのせいか、不安に駆られる。

 思考が段々とぐちゃぐちゃになっていく。


 仕事だけできっぱり別れることができたなら、こんなこと考えずに済んだのに。

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