第20話 聖杯騎士
(……分身が短期間に倒されすぎた)
三体以上同時に出したもんだから、意識共有が追いつかず、引き留めていた少女が殺しきれていないことを直ぐに判断できなかった。
「ッチ」
あの少女と巨漢の男は一番理解しているであろう自分と分身たち以上に連携が取れている。
男も、あの少女も満身創痍。少女に至っては至っては顔の腫れから顎の骨が折れてるのが見える。
錬気を使えるわけでもないから修復は不可能。血だらけで、外傷がない所を探す方が難しいほどだ。
頭から鎖骨に、腹から太腿に伝う粘膜のように凝固した血。
あの小さな体ならすぐ貧血で倒れるはず、そうでなくても痛みでいつ気絶してもおかしくない。
しかも片手は葉巻のような、そんなものを握ってるから、片手で剣を操ってる。
あの体で、あの傷で――
「
どんな思考をしたら、どんな執念があったら、できるというんだ。
我々のような殺し屋ならまだしも、子供でそれができるのが理解ならない。
その馬鹿げた強さは、どこから出てくるんだ。
「
物量でのゴリ押しも、崩される。
連携力もさることながら異常。
魔法使いにとっては、個で多数を凌駕する力を持つがゆえに、連携する敵への解像度は低い。
ある程度自分の異能のおかげで連携には慣れているが、これは対応ができない。
嗚呼、自分は獲物で、彼らこそが狩人だったか。
もはや目の前の相手を殺せたとしても、魔法を使った以上、魔力の痕跡を辿られてバレてしまう。
とくに魔力残滓の解析ができる宮廷魔導士なんかが調査に来た場合、一発で見つかる。
撤退してももはや意味がない。あいつらは証拠さえあれば地の底まで追ってくる。
「リオ、入れ替われ!」
縦横無尽。
目まぐるしく変わる戦況に対応が追いつかない。
こんな依頼、受けるべきでは無かった。
自分の実力ならいけると過信して、情報収集を怠った。
魔法を使って勝てると思った自分が馬鹿だった。慢心して、何度も騙されて、それでも心の奥底では油断と驕りがあった。
それが今回の、そして最後の敗因。
ただの傭兵、あるいは護衛と侮った。
そして何より……
『まったく、厄介ごとを持ち込まないでくださいよ。元宮廷魔導士ジャスカ・スロン』
本体が、殺された。
「は、はは……あー、おまえがいたか、クリス・アルスランス」
「なにを、言い出して――」
身体が、崩壊していくその様を、対峙する二人が見て動揺する。
しかし、これは魔法でもなんでもなく、ただ……既に自分が詰んでいただけのこと。
この二人の常に警戒を解かない姿勢は、見習わないといけない。
問題はその時間が一生こないことだけか。
「動向は分身に見張らせてたはずだが、なぜバレたんだか」
今回の要注意人物として、最も警戒していたルイベルグ商会の用心棒クリス・アルスランス。
動向は絶えず分身に見張らせていたが、この戦闘に分身を割いたせいで認識を一瞬怠った。
その結果、本体の首を、隠れている建物……そして何重にも魔法で構築した結界ごと斬りやがった。
『見つけるのに苦労しましたよ。風、音、気配、全て完璧に隠されていたので』
――化け物だ。
騎士ということだけは知っていたが、あの剣閃は、王国ロンドレアが誇る“剣聖”が編み出した【光剣】――それが扱える者など、知っている限り七人しかいない。
「聖杯騎士……」
『あれ、よく分かりましたね』
何故商会の用心棒をやっているのか分からないが、彼女は間違いなく王国最強の騎士と謳われる聖杯騎士の一人。
剣聖に最も近い実力を有する怪物。
(最初から勝機など無かったというわけだ)
はじめの襲撃で泳がされたのは、大々的に動けなかったからだろう。
聖杯騎士は国の武威そのもの。表立って動くと諸侯や他国が「戦の意思あり」と受け取り、外交問題化してしまったり、他の貴族や有力家門から「権力集中を恐れられている」ため出陣は制限されていたりする。
だが今回は、魔法の結界を張り人が入らないようにし、爆破で結界の中にいた人間の殆どを殺して人目が無くなったが故に、“光剣”を使われた。
目の前の、確かリオといったか……こいつらはおそらく囮。
ジャスカ・スロンという獲物を逃さないため、注意を引かせ、判断を鈍らせるための餌。
「はは、これじゃ聖杯騎士なんかじゃなくて、外道騎士だな」
自分が元宮廷魔導士ということも知っていたし、だからこそ、確実に己を殺すため民間人が殺されるのも黙って見ていたのだろう。
「あなたの辞世の句は、私への褒め言葉でしたか」
最期に残された分身の瞳に、光り輝く剣の形状をした一振りが映った。
いつの間に、此処にいたんだか……
――――――
――――
――
「クリス、さん?」
「喋らないでください。その出血量だと体に障りますから」
「あんた、護衛ん時の……」
意識が朦朧としているからなのか、今のは一体なんだったのか、何が起こったのか、分からなかった。
――助かったのかな。
「あ、おい! リオ!?」
カルゴさんの声が耳に届く。けれど視界は霞み、世界が遠のいていく。
剣を握る手の感覚も、葉巻を握りしめていたはずの感覚も、もう指先から零れ落ちていく。
手放しちゃ、いけないのに……
「すぐに教会の診療所に行きましょうか。お嬢さんは私が背負うのでそちらの方はあなたが」
「……了解っす」
二人の言葉を交わす声が耳に入る次の瞬間、体がふわりと持ち上げられた。背に預けられているはずなのに、歩いている振動がほとんど伝わってこない。
背中の感触は柔らかさなど欠片もなく、まるで鍛え抜かれた鋼板に
幾千、幾万の鍛錬を繰り返した者だけが持つ、筋肉と骨格の形の整った強靭。
肩甲骨の盛り上がりが鎧のように張り出し、背筋は一本の刃のようにまっすぐ。歩くたびに僅かに上下する。
無駄な筋肉の隆起も、だらしない力みもなく、ただ戦いのためだけに研ぎ澄まされた肉体を、自分は見たことがある。
――これは、人を守るために立ち続けてきた剣士の背中だ。
朦朧とする意識の中でも、そう確信せずにはいられなかった。
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