第4話 光

老人は今日も埋立地にスクラップを捨てに行った。

 スクラップが作る山からは、海が見える。それを見ることが老人にとっては楽しみで、欲を言えばゴミの山の放つ臭気が無くなればいい、と思っていた。だが、そうはならなくてもいい。その景色を見ることだけで、彼の心を満ちていたのだから。

その高い山から後ろを振り向くと、埋立地へと向かってくる人と帰る人、という二つの流れが荒野いっぱいに広がっている。

 太陽はちょうど、自分の真上にある。

 老人はそれを確認してから、帰っていく人の流れに乗った。

 その途中、老人だけがいつものように役場へと向かった。

 老人は役場で、いつもと同じように列に並んだ。彼は暇を潰すために、いつものようにスクラップによって剥がれた手の皮をいじっていた。

 老人がAIと話をするための個室に入れたのは、一時間ほどしてからだ。

「タレバ様、こんにちは」

「あぁ、こんにちは。また今日も、『泣くための許可証』を申請しに来た」

「タレバ様、昨日もお伝えしましたが、予約待ちの状態であるため申請を受け付けることはできません」

「キャンセルも出ていないか?」

「はい、ございません」

「次回の予約が受け付けられるのはいつだ?」

「……それについてはまだ未公表です。いつになるのかはまだわかりません」

 老人とAIの会話はいつもと変わらない。

 彼はいつものように確認作業を終え、ホーム画面に戻ろうとした。だが彼は手を止め、少し頭を捻って宙を見つめた。いつもとは違ったことを言ってやろうと思ったのだ。

「なぁ、金をかけずに感情を表せれた時代のことを、お前さんは知っているか?」

「はい、もちろんです。今から九十年ほど前の人間社会がそうでした。私のデータベースにも、その当時のことはわずかながら残っています」

「その当時の人たちは、生き物としての尊厳がそこにあったのか?」

「タレバ様は、感情を自然に表現できる、その自由に振る舞えることに、生き物としての尊厳を感じておられますか?」

「あぁ、そうだ」

「確かにそうとも言えます。ですが今は、戦争をしています。人に勝つためには自分たちの弱さをまず無くす、それがこの世界で生き残っていくことだとリーダーたちは思っておられます。生物としての尊厳よりも、生き残ることが重要ではないでしょうか? ……それとタレバ様、これ以上の会話は危険を伴います。即刻やめられることをお勧めいたします」

「……私の隣で暮らす友人は、生きることに迷っている。奴はいつも、隣で私に嘆くんだ」

「我慢や忍耐、合理性を優先させ、弱い心を抑える。そうやって前進していく。それこそが人間の持つ強さ、尊厳とも私は解釈しています」

「……奴はもう、ボロボロだ。ろくに動こうともしない。……何か土産を持って帰ってやれないか」

「タレバ様、このような会話を報告する義務が私にはあります。よろしいですか?」

「……いい。どうせ死んだ人間は帰ってきやしない。打つ手がないのなら、この世界で起こることはどうでもいい」

「かしこまりました。報告させていただきます。ですが、そのご友人とタレバ様がこれからも元気で生きていけるように、私から一つ、お教えしたいことがございます」

 老人はゆっくりと顔を上げ、画面を見つめた。

「タレバ様はこの社会の強制力に対して、抗っておられます。報告をすると言った私に、タレバ様は無意識ながらに抗うことを選ばれました。……何かを選択すること、それこそが生き物としての尊厳であると、九十年前の方達は言っておられます」

 老人は地面を見つめた。唇を引き結び、小さく頷いた。

 老人は画面に手を伸ばし、ホーム画面へと戻る操作をする。いつものように。

 荷物を背負って出て行こうとする老人に向かって、AIが言った。

「何かがあなたたちを、おかしくしたのです」

 老人はドアを開け、いつもと同じようにそこに並ぶ人たちを見た。

 天窓から斜めにさす光が、微かではあったが、彼らを照らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ファンタズマ ー最後の涙ー 鳥野空 @torinosora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ