番外編

第1話

❏ ❏ ❏



各駅停車の電車で行けば、たぶん大丈夫だろう。

そう思い、少しずつ遠出を試みている。

……苦しくなると下車して、エスメラルダのところへ逃げ込んでしまうけど。

そちらで数日休んでから自宅に戻っている。


私鉄は急行列車だと混んでいることが多いし、乗車距離や時間も長い。

そのぶん、各駅停車だと平日は乗客が少ないため、落ち着いて乗れるのもいい。



「今日は3つ目の駅まで乗れたよ!」


「すごい! ルビィ、すごいですわ!」



エスメラルダはまるで自分のことのように喜んでくれる。

そして降りた駅で休憩するついでに撮影した写真をエスメラルダに見せる。

他愛のない風景写真でも、こちらの世界では貴重らしい。

水田や畦道などの見慣れた風景でさえ、この世界が復興するための知識になっているようだ。


こちらの世界に移った人たちは各地に散らばり、黙々と復興に従事している。



「ルビィ様から頂いた資料のおかげで、農地も少しずつ広がっております」



植物が光合成をすることを知った研究者たちが、この世界でも植物を育てて空気の浄化が出来るかの調査を始めているらしい。

弟たちの遺した教科書がこの世界で役立っている。

各計画や企画、研究所や施設に弟たちの名前が付けられているのは、教科書の裏に書かれていた名前から。

姉の名はファッションやコスメブランドになっている。


両親や祖父母の名前も、幾つかの施策や施設に付けられている。

寄贈した教科書などを集めた施設は〈三鷹図書館〉と付けられて、研究の資料として重宝されている。

これからもこの世界で亡き家族の名が生き続けていく。



いつの日にか、異世界に移住した姉や弟たち、私たち家族を知る人たちにも名前が届けばいい。

……その人たちはもしかすると、世界を変える計画の一端に携わるかもしれない。

姉の名のついたブランドを使うのかもしれない。


使じゃないかもしれないけど。

だって、最低限の衣食住は与えられているとはいえ、彼女たちはこの世界の復興に来ている無報酬参加者ボランティアなのだから。





エスメラルダから、卒業式の日には異世界こちらへ来るように言われた。



「お泊まり前提でおいでくださいね」



お祝いのパーティーを開いてくれるとのこと。

あちらの世界では、卒業式の午後に卒業生とその家族を集めた慰労会パーティーが開かれるそうだ。



「私の世界ではそんなのはないわね」



特にこの数年は同級生がいない、もしくは卒業生のいない学校もある。

エスメラルダの世界にから。

そのため、ここ数年は卒業旅行も下火になっているとニュースになっていた。



「私の卒業旅行先はでもいいかな?」


「もちろんですわ!

卒業パーティーもこちらで用意いたします。

ああ、断らないでくださいね。

私のですもの。

誰も反対なんてしませんわ」



楽しそうにしているエスメラルダに、断りの言葉を告げて水を差すこともできず。



「姫様はルビィ様に笑顔でお過ごしいただくためならなんでもしたい、と張り切っていらっしゃられるのですわ」



エスメラルダの侍女クリスティの言葉に顔が引き攣る。



最初は私の誕生日だった。

「絶対に来てくださいね!」と言われたのだ。

もちろん、誕生日を祝ってくれるのだと分かっていた。


こぢんまりとした日本のお誕生日会をイメージしていた私がの当たりにしたのは、最初にエスメラルダと会った会場(それでも小さめ)で開かれたパーティーだった。


祖母の名を冠した和食ジャンル、母の名のつけられたスイーツ。

祖父の名が日本酒に、洋酒が父の名となり、乾杯で振る舞われた。

残念ながら、未成年の私はまだ呑めなかったけど。


和装の男性用に祖父、女性用が祖母の名が。

洋装の男性用に父、女性用に母の名が。

中高生クラスの男子が上の弟で、女子が姉の名。

幼少期や小学生用の男児が下の弟で、女児が……私、瑠美ルミ


ファッションショーになっていて、嬉しくもあり恥ずかしくもあり。

ショーが終わって、感動で大泣きした私は、何度も感謝を口にした。


ファッションにお金がかけられるということは、心と生活に余裕が出てきた証拠。

そう感謝された、王様でありエスメラルダの父親に。


宰相からは教育の抜本的な見直し案が一気に進んだと感謝された。

こちらは教科書の内容や学校のプリント、小中高の学習指導要領を学べたことが大きかったそうだ。

こちらはエスメラルダの提案から【立川タチカワ教育】と付けられている。

そう、立川先生の名だ。

私に寄り添うために校長に推薦されても断った立川先生の特集記事を読んだ異世界人エスメラルダたちが高く評価したのだ。


教育現場でも【立川教育】が浸透している。

中でも大きな反響になったのは、

〔生徒に『落ちこぼれ』などいない。

生徒の理解度を把握していない教育者が、生徒を『理解の壁の前に置き去りにしている』だけだ〕

という一文。



「教育者とはこうあるべきです!」



その声が広がり、立川先生の言葉が異世界で小冊子として広まっている。

…………そんなこと知ったら、立川先生はどう思うかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

次の更新予定

毎日 02:00 予定は変更される可能性があります

対価を払っていただきます アーエル @marine_air

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ