第21話
* * *
事件の捜査の基本は、今も昔も聞き込みだ。
神奈川奉行所の同心たちが日本人町を歩き回って聞き集めたところによると、賊に押入られた当日の昼間、桐生屋の周囲を窺う怪しいふたり組の男たちが目撃されていた。中にはその男たちを見知った者もいて、
「あいつぁ、無宿の
そんなふうに言って鼻をつまんでみせたという。
清久郎はうなずき、
「それで、その平吉とやらには、どこに行けば会える?」
報告してくれた同心の沢田に訊くと、清久郎の父親ほどの年齢の沢田は申し訳なさそうに頭を垂れる。
「それが、やつは流れ者でして、港で人足仕事があればそこに顔を出すこともあるそうなのですが」
郷から出てきて職にも就けず宿もなく、人足仕事などで日銭を稼ぎ、それでは足りずに悪事に手を染めているのだろう。開港以降、国内は急激な品不足と物価の高騰で、農村では暮らせずにあてもなく江戸やその近辺に仕事を求めて出てくる者も多いという。平吉も、そんなお国者の成れの果てなのかもしれない。
「ただねぇ」沢田が首を傾げて言う。「やつはケチな盗人で、これまで殺しで上げられたことはねぇんですよ」
どうやら沢田は以前、平吉を一度ならず捕らえたことがあるようだ。
だからといって今度も平吉が番頭を殺してはいないと断ずることはできないのだが、清久郎は心に留め置いた。
それからまもなく、沢田の配下の者が新しい情報を仕入れて戻ってきた。
「平吉って野郎、なんでも
「港崎の岩亀楼か?」
沢田が驚いて聞き返した。港崎遊郭には大小さまざまな妓楼があるが、岩亀楼は中でも一番の大見世で、当然、遊ぶにもそれなりの金が必要だ。「ケチな盗人」が通える妓楼ではない。
「それで、また港崎見物でございますか」
伝右衛門が、心配そうな表情も隠さず清久郎に訊いた。
「今度は見物ではない、聞き込みだ」
昨日花匂から話を聞けたような幸運な偶然は、そうそう続くまい。
それに、すでに暮れ六ツの黄昏時だ、見物で妓楼に上がれる時刻ではなかった。
開墾地への土手を下り、昨日と同じ道を行く。
堀の向こうの柳を眺めて太鼓橋を渡り、面番所の役人に会釈して前を通り過ぎる。
今回は大門から曲がらずに真っ直ぐ、仲の町と呼ばれる広い通りを進んだ。
二度目ともなれば余裕もできる。通りに並ぶ茶屋や料亭を横目に、遊郭には妓楼以外の店もけっこうあるのだなと驚く清久郎だ。
夜見世は昼見世と違い、仲の町も大変な賑わいだ。
妓楼には通りに面して格子越しに遊女を見せる張見世があり、遊女を買わずに張見世を冷やかして歩くだけでも遊郭を楽しめる。格子の前で足を止めて品定めする者、目当ての遊女に会いたくて先を急ぐ者、男たちが入り乱れるさまは祭りのようだ。
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