アイスクリーム、溶けないで
佐の六月
第1話
私は夜道に踊り出すみたいに、玄関から飛び出した。今からアイスクリームを作るのだ。夜中に、一人で、アイスクリームを作るのだ。
雨に降られた後の湿っ気と、真昼の日差しを吸い込んだアスファルトの温かさが、ぬるい風を運んでくる。それって溶けかかって、上手くすくえないアイスクリームみたい。べたべたでびちゃびちゃ。あんまり浮かれているせいで、六月のじめじめした空気も許せてしまう。さて、アイスクリームのトッピングは何にしよう。私は1歩進む度に、アイスに飾りつけるものたちを想像する。カラフルなチョコスプレー、ドライストローベリー、砕けた宝石みたいな飴粒、星型のチョコレート。どこに行ったらそんなものが売っているのだろうか。もう日付をとうに跨いだ時間だというのに、浮かれている私の他に、誰がそんなおとぎ話に出てくるような、とんちんかんなものを売ってくれるのだろうか。
私の目の前にあるのは、お菓子の家でも魔女の館でもない。24時間営業中のコンビニエンスストア。暗闇から浮かびあがるように煌々と輝くそこは、どんなものでも売っている。非現実的な現実。そして私の心をいつも、不健康に支えてくれるのだ。
冷房が効いた店内は涼しく快適だった。快適なその箱の中で、商品がそれぞれの種類ごとに綺麗に並べられ、電灯にぴかぴか照らされていた。もう夜も深いのに、有線からは聞いたことがあるような、陽気なJPOPが膜がかかったような音質で流れていた。
私は買い物かごを持つと、まず真っ先に冷凍食品のコーナーへと足を運ぶ。そこには小さな一人用のアイスが色とりどりに並べられている。可愛らしく、カラフルな装飾で飾られたパッケージは、私を選んで。とアピールしているみたいだった。でも、今日の狙いはそれではない。私はアイスのショーケースから目を離す。そして業務用の氷なんかが並べられている、冷凍棚の隅に置かれているそれを手に取った。それはファミリーパックの大きなバニラアイスクリームだった。つやつやとした白いパッケージに、バニラと赤い文字がプリントされている。私はカゴにそれを勢いよく入れる。アイスクリームの重みでプラスチックのカゴが軽く跳ねる。
そこからくるりと回って、あるコーナーを目指す。お菓子や、知育菓子が並べられているコーナー。私は先程想像していたアイスクリームを、もう一度頭の中で描く。そうしてまず初めにチョコチップクッキーをカゴに放り込む。その次はマシュマロ。そしてアーモンド。口の中でパチパチ弾けるキャンディー。ウサギの形のチョコレート。うん。いい感じ。さくさくふにふにパチパチ。でもまだ足りない。これじゃ全然カラフルじゃない!お菓子の棚を隅から隅まで見つめる。良さそうなお菓子を見つけては、頭の中でアイスクリームにデコレーションして、これは違う、あれは違うと選び直す。そうやってしばらく探していると
「これにしよう。」
それは夢みたいなお菓子だった。シンプルなチョコレートボールの中に様々なお菓子が入っているのだ。カラフルなラムネや金平糖、アラザンシュガー。これを砕いて入れたらどうなってしまうんだろう。そんなのとても想像がつかない。なので最後のデコレーションは、当然その子に決まりだった。
私はずっしりと重くなったカゴの中をずっと眺めていたい気分になった。これは、全部私のアイスクリームのためのお菓子たちなのだ。他の誰のためのお菓子でもない。
コンビニを出ると、またぬるい風が肌を撫でて通り過ぎる。でも、もう嫌じゃない。アイスクリームがぬるくならないと、わたしのお菓子たちをデコレーションできないからね。
私は友達と手を繋ぐように、買い物袋を強く握りしめる。2人並んで帰るように、家路を辿る。
道の途中。大きな道路を挟んだ向かいに、暗闇にぼんやりと佇むようにある店が見えた。それは大きなアイスクリームショップだった。今、その面影はないけれど、昼時や放課後、店はいつも親子や友人同士のグループで賑わっていた。私は、一度もその店には行ったことがなかった。そこに、私の食べたいアイスクリームはなかった。
家に着くと早速、購入してきた商品たちをキッチンに並べていく。一人暮らし用の小さなキッチンだと、全てを並べるとぎゅうぎゅうになってしまった。でもそれが、私のアイスクリームのために、離れないようお菓子たちが必死で手を繋いでいるように見えて愛おしかった。
「それじゃあ、みんなにもアイスクリームを見せてあげるね。」
私は、買い物袋の底でひんやりと息をしていたバニラアイスクリームをお菓子たちに見せつける。冷凍棚から、ぬるい外へと連れ出されてきたバニラアイスクリームが、ぽたりと水滴をたらす。
流石に溶けてしまったかと慌てて蓋を開ける。薄いビニール膜をぺろりとはがして、コンビニで貰った小さな木製のアイススプーンで感触を確かめる。バニラアイスは、少し柔らかくなっていたけれど、完全に溶けきってはいなかった。むしろこの位がちょうどいい。さあアイスクリームを作り始めよう。
まずは、アイスクリームを移し替える。ガラスのボウルにバニラアイスを移そうとしたが、このアイススプーンではあまりにも心もとない。私は自分が持っている中で、1番大きなシルバースプーンをキッチン棚から取り出して、アイスクリームの淵へと突き立てる。端から剥がすように、するりするりとスプーンで、アイスクリームの表面をなぞる。いくら溶けかけているからといっても、ファミリーサイズのアイスクリームを移し替えるのは大変だ。でも私は、どうしてもアイスクリームを、このガラスボウルに収めたいのだ。数分間の格闘の後、無事アイスクリームはガラスのボウルに移し替えられた。キッチンは、所々バニラアイスが飛び散って白い模様を描いていた。そんなことなどお構い無しに、私はようやく、楽しみにしていた、デコレーションタイムに取り掛かろうとする。
とりあえず目に入ったものから手当り次第入れていこう。まずは、パチパチ弾けるキャンディー。パッケージには、色とりどりの輝く宝石たちと、それに目を輝かせる女の子のイラストが描かれている。私はドキドキしながら少しだけそのキャンディーを手に出してみる。キッチンの蛍光灯の、鈍い光に照らされているそれは、パッケージの宝石みたいにキラキラとはしていなかった。これ、あれに似ている。小学生の時、みんながおそろいにしていたキーホルダー。確か、クマとかウサギの小さなぬいぐるみで。誕生月ごとに色の違う宝石が、首元のリボンに付いていたのだ。クラスの女の子たちはおそろいでそれを、ランドセルや手持ち鞄に付けていた。あの偽物の宝石に、これはよく似ている。
「一度もおそろい、したことなかったなあ。」
私はキャンディーを勢いよくにバニラアイスクリームへと振り注ぐ。バニラアイスで白くにごって、キャンディーはもう見えなくなった。そのままチョコチップクッキー、アーモンドを入れる。そしてそれらを混ぜ合わせていく。アイスクリームを含んで、ぐしょぐしょになったクッキーをスプーンで何度も突いて砕く。チョコチップクッキーを、アーモンドを砕く度に、今までの同級生たちの顔が、頭に浮かんでは消えていく気がした。彼女たちがお昼休みに、放課後に。お弁当やお菓子を、カフェに行ってスイーツを共有していることを知っていた。
私には、私の食べたいアイスクリームがあるのだ。それはどこにも売っていないし、誰とも共有できない。私は1人で、いくらでもアイスクリームを食べられる、みんなが虫歯になってしまうようなとびきり甘いやつを。
ほとんどのお菓子を混ぜ合わせて、残りはチョコレートボールのみとなった。私はチョコレートボールのパッケージを空けていく。お母さんが、買ってくれなかったお菓子。いつもこれを、見つけては、欲しい欲しいとねだっていたけれど、あれこれと理由をつけられて結局買って貰えなかった。でも、今の私は買えるのだ。1人で生活ができて、1人の為だけにアイスクリームを作ることが出来る今なら。私はチョコレートボールを混ぜる前に1つだけそれを口に含んだ。柔らかい、優しい甘さのミルクチョコレートを噛み締めると、中から様々なものが飛び出して、代わる代わる食感が変化していった。それらが一体、なんなのかはわからないけれど、こんなに夢みたいな気持ちにしてくれるお菓子がこの世界にあったんだと、泣きそうになった。私は一人ぼっちで生きるのと引き換えに、このときめきを得たのだと思った。
ガラスのボウルの中で、私のためだけのアイスクリームが生まれた。名前なんていらなかった。名前なんてつけたら、誰かのものになってしまうから。ボウルにラップをすると、私は冷凍庫の奥底にそれをしまった。宝箱を隠すみたいに。
できあがってから、私は一度にそれを、全部は食べずに、何回かに分けて食べた。憂鬱な朝、眠れない夜、孤独に押しつぶされそうな日々の隙間。
どうして一気にそれを食べなかったのか。
本当は、誰かと一緒にそれを、食べたかったからなのだろうか。
結局。最後の一口まで、それは私のためだけのアイスクリームだった。
アイスクリーム、溶けないで 佐の六月 @6oon
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