光を食べる鳥

sui

光を食べる鳥


夜明けのこない街があった。

そこでは太陽が姿を見せず、空はいつも灰色だった。


人々はいつからか、「心が壊れる音」を聞かなくなっていた。

悲しみも怒りも、疲れも、すべてがただ静かに沈んでいくだけだった。


そんな街のはずれに、誰も知らない古い温室があった。

廃墟のように見えるその中に、一羽の鳥が棲んでいた。


その鳥は、ひとの中に残った「かすかな光」だけを食べて生きていた。

絶望の奥、諦めの下、

もう誰にも気づかれないくらい小さくなった希望――

それだけを、静かに探していた。


ある晩、一人の女性が温室に迷い込んだ。

言葉も、涙も、もう出てこないほど、心がひび割れていた。


彼女の胸の奥で、光はほとんど消えかけていた。

けれど、鳥は見つけた――ほこりをかぶったまま、震える小さな火種を。


鳥はそれを食べると、静かに羽ばたき、

女性の肩にそっと止まった。


そして、自分の中で温めたその光を、少しだけ彼女に返した。


それは、懐かしい誰かの声のようで、

忘れかけていた朝のにおいのようだった。


女性は、その晩、久しぶりに眠った。

夢の中で、笑っていた頃の自分に会い、

少しだけ泣いた。


翌朝、温室の屋根に、小さな穴が開いていた。

そこから、ひとすじの陽の光が差し込んでいた。


誰にも気づかれず、ひとつの心が、静かに再び息を吹き返した瞬間だった。

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光を食べる鳥 sui @uni003

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