第11話「語録のルーツ、明かされる。家元、少年時代の記憶と向き合う」
書き殴ったノート。誰にも見せなかった“叫び”。
あの頃の言葉が、今も家元を支えていた。
語録は、武器でも盾でもない。
それは“遺書”のようなものだった。
語録が、初めて沈黙した数日後。
家元は、倉庫の片隅に置かれた一冊の古いスケッチブックを手にしていた。
それは、彼がまだ「家元」と名乗る前、“片岡正徳”という本名で生きていた頃に書き溜めたものだった。
埃を払って開いたページには、拙い文字が並んでいた。
《がんばれ、は無責任や》
《黙ってるやつほど、叫びたいことがある》
《生きてるだけで、十分うるさい》
どれも今の語録とは違う。
だが、確かに“種”はここにあった。
中学生だった家元――いや、片岡少年は、とにかく“しゃべらない子”だった。一般家庭で育ち、学校では“陰キャ”と呼ばれ、誰にも話しかけられず、誰にも話しかけなかった。しかし、彼にはひとつだけ心の拠り所があった。
――「言葉を書くこと」だった。
ノートに、机に、手のひらに。
誰にも見せるつもりはなかったが、“自分の叫び”を形にしたかった。
そんな彼を変えたのは、担任教師のひとことだった。
「お前、言葉に力あるな。これ、“黒板に書いていいか?”」
その日、教室の黒板に大きく書かれた。
《バカにされても黙ってた。けど、今は黙ってるやつを守りたい》
教室は静まり返った。
しかし、それ以降、彼のノートをのぞき込むクラスメイトが現れ始めた。
それが「語録」の原型だった。
マスターが倉庫にやってきて、コーヒーを差し出す。
「家元……いや、今日は“片岡さん”って呼んだ方がいいっすかね」
「……やめとけ。むず痒い」
「ですよね」
ふたりは並んで座りながら、静かに缶コーヒーを開けた。
「語録って、何すかね。やっぱ“武器”なんすか?」
「……武器やない。盾でもない。“遺書”やと思ってる」
「え?」
「誰にも見られんでええ。でも、もし誰かが手にしたら、“生きとった証拠”になるような一言。それが語録や」
家元は、古いスケッチブックの裏表紙に、こう書き足した。
――《叫ばなくても、生きてた。けど、叫んだから、人に届いた》
その夜、家元は久々に“家元の文字”で、新たな語録をノートに記した。
――《過去を思い出すんやない。過去と、手を組むんや》
そして、こうつぶやいた。
「ワシの語録は、ここから始まってたんやな。やっと、思い出せたわ」
つづく
書きなぐった言葉たちは、誰にも見せるつもりのなかった“遺書”やった。
けれど、あの日、誰かがそれを見て、口に出した。
その瞬間、それは“語録”になった。
語録とは、誰かに託した“生きた証”。今も、そしてこれからも、生き続ける言葉や。
【最終話予告】
語録は、街に広がった。Tシャツに、バッグに、SNSに、そして人の心に。
だが――家元の姿が、忽然と消えた。
「言葉だけ残して、あの人、どこ行ったんすか……?」
かつて語録に救われた人々が、彼の言葉を胸に集まってくる。
そして、ラストページに記された最後の一行。
家元烈伝 最終話『語録は残る。俺は消えても、言葉は生き続ける。』
終わらせるためやない。“続いていく”ための最終話。
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