第10話「家元、家を失う!?語録Tシャツ、まさかの炎上商法疑惑!」

信じてきた言葉が、今度は家元を焼いた。

批判の雨が降り注いでも、

語録を脱ぐことだけは、できなかった。


でも、燃えないものもある。

誰かの心に“残った言葉”は、ちゃんと生きていた。


ある朝、マスターが手にしたスマホを見て青ざめた。


「……家元、やばいっす。“バズって”るっす」


「それはいつものことやろ」


「ちゃうんす。“燃えてる”んす!!」


家元が受け取ったスマホの画面には、大手ニュースサイトの記事が。


【話題】人気語録Tシャツに「弱者ビジネス」疑惑!?“迷うな 言い訳や”“動け、黙ってる間に抜かれてる”など、強い言葉で売上を伸ばす謎のTシャツ職人“家元”に、「精神的に追い詰めるような表現」「社会的弱者を煽っている」などの批判の声が……


「……ほう。ついにきたか」


家元は、どこか達観したような顔でつぶやいた。


マスターは焦る。


「いやいや、“言葉狩り”もここまできたら暴力っすよ!


今まで支えてくれたお客さんは……!」


そのとき、SNSの通知が鳴る。


「……あ、これ。やばい。もう“住所特定”されてるっす……!」


その日の午後、アトリエに届いたのは“抗議メール”と“無言の着払い返品”。数年前に作ったレア語録Tシャツも、一緒に突き返されてきた。


「……『これはあなたの言葉じゃない。もう響かない』、だと」


家元は、何も言わず箱を閉じた。


その夜、アパートの大家から電話が来た。


「すまん、家元さん。ちょっとウチにも苦情が来ててな……一旦、引っ越しお願いできへんやろか」


静かに、ガチャンと受話器を置く音が響いた。マスターが、何も言えないままそこにいた。


翌朝。


家元は段ボールに包まれたTシャツを見つめながら、ふとつぶやいた。


「“売れたら叩かれる”ってのは、しゃーない。でも、“届いた言葉”まで否定されるのは……キツいな」


「……でも、家元が言ってたじゃないっすか。“語録は、味方を増やすためやなく、信じたやつの背中を押すためにある”って」


「せやな。忘れとったわ。……自分の語録に背中押されんかったら、本末転倒やな」


マスターの紹介で、家元はバーJOJOの倉庫を一時的な住まいにすることになった。


段ボールと語録の山に囲まれながら、家元はノートを開く。


そこで、久しぶりに手が止まる。言葉が出てこない。いつもなら降りてくる“ひとこと”が、今日は一切浮かんでこない。


沈黙の夜。


マスターが静かに声をかけた。


「……家元、“書けないとき”は、書かなくていいっすよ。俺たちが背負うっす。“着て歩く”から。言葉が来るまで、俺らが運ぶっす」


家元は、黙ってうなずいた。


翌朝。


マスターが勝手にSNSに投稿した一文が、ゆっくりと拡散され始めていた。


《俺は家元の語録で、自分を信じられた。誰が否定しても、俺の中の“あの一言”は、今も生きてる。

着てるだけで、ちゃんと息してる。》


#語録は言葉じゃない

#証明だったんだ


そして、それに呼応するように、“過去に語録に救われた人々”が次々とコメントを残し始めた。


「就活で落ち込んだときに着てたTシャツ、まだ捨ててません」


「家元語録で、会社辞める決心ついた」


「別れたあの日、涙ふいたのが“笑われたまま終われるか”のタオルだった」


ゆっくり、ゆっくりと“火”は消えていった。家元は倉庫で、一言だけノートに記した。――《本当に残るもんは、燃えへん》


つづく


バズるより、燃える方が速いこの時代で。


誰かに届いた言葉まで、“消されてしまう”時代で。


それでも――残るものがある。


家元が書きたかったのは、“流行”やなく“証明”。


燃えてもええ。

残るひと言が、本物の語録や。


次回――


「語録のルーツ、明かされる。家元、少年時代の記憶と向き合う」


なぜ語録なのか。

家元、過去と向き合うときが来た。


段ボールに囲まれた倉庫の夜。

家元がふと手に取った一冊の古いノート――


そこには、少年時代の未熟な言葉たち。


「この言葉、どこから出てきたんやろな……」


父との確執、母の死、拾ったノート、そして最初の語録。


“語録職人”が生まれた日が、ついに明かされる。


家元烈伝 第十一話『語録のルーツ、明かされる。家元、少年時代の記憶と向き合う』


始まりは、いつも傷の中にあった――。

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