大丈夫、今度は猫じゃないし!③
「大丈夫、今度は猫じゃないし!」
昔、捨て猫を拾って来た時も相当怒られたのだ。だってまさか良子さんが猫アレルギーだなんて知らなくて。良子さんは目を真っ赤にし、くしゃみを連発しながら多希を窘めてくれたけど、かといって飼うことも出来ず、二人で必死に里親を見つけたものである。
「そういう問題じゃねぇよ! しかも未成年じゃねぇか! そんでお前もお前だ! 知らねぇ大人にノコノコついて来るんじゃねぇ!」
「す、すんません」
「あーあー、こいつは怒んなって。おれが無理やり連れて来たんだから」
「無理やり連れて来たってんなら誘拐だろうが! 隣交番だぞ!? どんな度胸してんだお前っ!」
「ち、違うっす、同意の上っす!」
「そうだ、同意の上だ!」
良かった。これで壮馬が多希の勢いに押されて「誘拐です」とか言ったらおれが警察のご厄介になるところだった。
多希はまだ納得していない様子だったが、抜群のタイミングで壮馬の腹が鳴った。それもかなりの爆音だ。こういうのも身体のデカさに比例すんのかな。
「おい、お前。腹減ってんのか」
「っす」
「最後に食ったのいつだ」
「さっき、八尋さんにガリゴリ君もらったっす」
「ガリゴリ君なんざほぼ水だろ。固形物の話だよ」
「昼っす」
「はぁぁぁぁっ!? いまもう十時だぞ!? それを先に言え! ちょっと待ってろ!」
言うやエプロンをサッと身に着け、台所へ移動する。冷凍ご飯を二つほど取り出すと、首だけをこちらに向けてそれを壮馬に見せた。
「お前、身体でけぇし、これくらい食えるよな? 足りなかったら増やすけど」
「っぜ、全然、十分っす」
「そ? 遠慮すんなよ。あのな、若いやつはいっぱい食え、な? ウチでは飯に関しては遠慮NGだ」
「いや、マジで。あの、それくらいで」
「なら良いけど」
飯モードの多希は思考が完全に『母ちゃん』だ。とにかく、食えるやつにはガンガン食わせたいのである。若いやつっていうけど、お前もそのカテゴリな?
よしよし、壮馬の腹の虫のお陰で有耶無耶になったな。そう胸を撫で下ろしていたのだが、それが伝わったのか、コンロの前に立つ多希がギロリとこちらを睨んで来た。
「ヒロはあとで説教な」
「えぇ? おれもうだいぶ怒られたくない?」
「足りねぇよ馬鹿が!」
「えぇ~。とりあえず汗かいたからシャワー浴びて来て良い?」
「とっとと浴びてこい。どうせこの場にヒロがいたって何の役にも立たねぇから」
えっ、酷くない?!
とは思うものの、確かにここにおれが残っていたところで何が出来るってわけでもない。まさに火に油を注ぐだけだ。何せここん家のコンロ、ガス火だからな。これに油なんて注いだら一大事、なんてふざけている場合ではない。汗をかいているのは事実だし、とっとと流してこよう。
ざっと汗を流して戻ると、壮馬は既に食べ始めていた。
「うわ、美味そ」
食卓を覗き込んでぽつりと言うと、夢中でわしわしと飯をかっ込んでいた壮馬が「美味いす」と顔を上げる。おいおいもう口の周り偉いことになってるぞ。エプロン姿のままキッチンからのそのそとやって来た多希も「当たり前だろ、俺の飯だぞ」と得意顔だ。
既に手を付けてしまっているが、壮馬に出したのは何かを玉子でとじた丼と、しなっとしたレタスになんかかかったやつ、それからもやしとわかめの汁ものだ。味噌汁ではない。汁椀に入っているけど、味噌の色じゃない。おれがじぃぃと卓を見ているからだろう、多希がやれやれと言った風に息を吐いた。
「仙台麩の玉子とじ丼と、レタスの湯引き。もやしとわかめの中華風スープだ」
もうまな板漂白しちまったし、包丁も使いたくなかったんだよなぁ、なんて言ってカカカと笑っているが、それを聞いた壮馬が「これ全部まな板も包丁使ってないんすか」と目を丸くしている。
「使わねぇよ。麩はカット済みだし、レタスなんて手でちぎれるし、もやしだって軽く揉んで折っただけだし。な? どっちも使わねぇ」
「まぁ、多希にしてみたらそうかもしれんけどな? 料理しねぇ人間からしたら『料理=包丁&まな板』なわけよ」
「そういうもんなのか」
ぽかんとした顔でそう返すが、いやそもそもの話、俺がシャワー浴びてるあの短時間でこれだけ用意出来るとかどうなってんだ?
「これってそんなササッと作れるもん?」
卓の上の料理を指差し尋ねる。
すると、「おう」と、当然のような顔をしやがるのがちょっとむかつく。んなわけねぇだろ。
「丼なんて仙台麩の玉子とじ作ってレンチンした冷凍ご飯に乗せただけだしな。ほんとは玉ねぎでも入れりゃ良かったんだけど、マジで具なんて麩しかねぇから。味付けも麺つゆだし。で、そっち作ってる間に小鍋に湯沸かしてレタスをさっと湯引きして、んで、ごま油とオイスターソース混ぜたやつをかけただけだし、汁物なんて材料全部ぶっ込んでレンチンよ」
だけだし、とか、レンチンとか言えば「ワーかんたーん!」とこっちが思うと思ったら大間違いだからな?!
「いや、それがあの短時間で組み立てられるのが何でだよ、って話」
「んなの、ヒロが絵をパパッと描けるのと一緒だわ」
「一緒じゃねぇわ」
冷蔵庫の中に何が入ってるかとか、味の組み合わせとか、しかもノー包丁、ノーまな板っていう縛りプレイでだぞ?
そんでまた壮馬の食いっぷりが良いこと良いこと。見てるとこっちまで腹が減ってくる。
「なぁ多希ぃ〜、おれも食いたいぃ~」
「甘えた声出してんじゃねぇぞ。反省したのか馬鹿」
「したした。もう絶対拾ってこない」
「猫は駄目、人間は駄目、じゃあ犬とか鳥なら良いよな? とはならねぇからな。とにかく無許可で何でも拾ってくんじゃねぇよ」
「わかったって。ごめん。だってほっとけなくてさ」
「気持ちはわからんでもないけど」
おれが知っている限り、コイツは『家出』と呼べるほどの家出をしたことがない。昔、良子さんに教えてもらったのだ。喧嘩をして衝動的に家を飛び出したことはあったらしいのだが、普通に夕飯前に帰って来たらしい。それを話す良子さんは「たぶん出て行く時に『今日の夕飯カレーだけど』って言ったのが効いたのね」と笑ってた。
多希は特別、カレーが好物というわけではない。ただ、カレーは当時、下宿生が全員集まる時のメニューだったのだ。だからきっと、普段タイミングが合わないやつらとも飯を囲める機会を逃したくなかったんだろうな、とおれが言うと良子さんは、違うのよと首を振った。
「みんなが揃うってことは、それだけ用意が大変でしょう? 多希は優しい子だから、あたしを手伝うために帰ってきたのよ」
自慢の息子でしょう? と誇らしげに笑う良子さんに「良子さんの育て方がパーフェクトだったからっすね」と持ち上げたら、「言うわね」と言ってころころ笑ってた。
だからたぶん、『家族と衝突して思わず家を飛び出したくなる気持ちについてはわかる』ということなのだろう。
「ただな、ポンポコ」
「うす」
多希がその場にすとんとしゃがみ込む。いわゆるヤンキー座りというやつだ。似合う。いや、その前に。
「ちょいちょいちょい、何だその『ポンポコ』って」
「あ? だってこいつ、名前タヌキって言ったぞ?」
「綿貫っす」
「あ、ワタヌキか。まぁでもタヌキには変わりないから良いじゃん。可愛いだろ、ポンポコ」
「うす。可愛いす」
「嘘だろ。同意済みかよ」
タヌキとワタヌキはかなり別物のはずだが、多希の中では同じらしい。多希は見た目こそ治安の悪いヤンキーだが、案外可愛い動物が好きなのだ。こいつの使う
「あのな、とりあえず、別に全然泊まってくのは良いんだけど、家には連絡しろ。お前の家族がどんな感じかわかんねぇけど、心配はしてるはずだから」
「だな。多希の言うとおりだ。もし話を合わせてくれる友達がいるんだったらそいつの家にいるってことにしても良いし、馬鹿正直にここのこと言っても良いけど」
「ここのこと話すんなら、電話代われ。俺からも言うから」
な? と声色は優しいが、構図は完全に高校生に絡むヤンキーである。そのギャップに吹き出してしまいそうになるが、ここで笑ったら確実に今回の件を丸ごと含めて怒られる。そう思って黙っていたおれだ。賢い。
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