第9話 クソ食らえ!



 街はずれまではうまく行った。

 だが、そこまでだった。


 あれほどゲリラが騒いだにも関わらず、葡萄溝へいたる幹線道には、いまだに敵の検問が敷かれていたのだ。


 夜はすでに明けている。

 まだ太陽は昇っていないが、身を隠すには明るすぎる。


 人々の群れは検問所でせき止められ、長蛇の列を形成している。

 しかたなく俺たちは枝道に入った。


 本来なら人の波に紛れこみ、うまく検問を突破したほうが良かったかもしれない。

 しかし工作員がしきりに時間を気にしていた。


 ヤズとラプラが行動を起こす前には、なんとしても葡萄溝まで到達したいと言っている。


 土埃を巻きあげ、2036年式の日本製ポンコツトラックが路地裏を走り抜ける。

 揺れはひどいが、まだノーパンク・タイヤを履いているだけましだった。


 俺は、意識を回復して以来ひと言も口にしないエテの肩を抱いて、激しい振動に身を任せている。


 エテはいくら声をかけても、かたくなに口をつぐんだままだ。

 なにもない空間を見つめ、じっと眉をひそめている。


 こんな状態では、とても司令官は勤まらない。

 ときおり工作員にアドバイスをもらいながら、俺が指示を出すはめになった。


 検問所を迂回して、ふたたび町はずれの交差路にたどり着いた。


 左手にある小高い丘の向こうから、検問を通り過ぎた人々が慌ててこちらにやってくる。


 俺たちも早いところ右折して、葡萄溝へと向かわなければならなかった。


 ――ドウッ!


 いきなり爆発音が鳴りひびいた。

 爆風がトラックの幌をゆるがし、熱風が吹き込んでくる。


 あわてて後部の幌をめくる。


 大井の乗った後続のトラックが、粉々に吹き飛び炎上していた。


 俺は反射的に、運転手に右折して逃げろと叫んだ。

 トラックはきしみを上げて発進した。


 今までトラックのあった場所に、盛大な土埃が吹きあがる。


 トラックが右折したおかげで、はじめて同僚を吹き飛ばした相手を見ることができた。


 丘の上に軽戦車が顔を出している。


 旧イスラエル軍所有のM10ブッカー装輪装甲車派生型。


 液化薬莢を用いた滑空弾を打ち出すタイプの、ほとんど過去の遺物にひとしいガラクタだ。


 無砲塔が主流の現代において、こいつだけはいまだに無骨な回転砲塔を備えている。


 だが……。

 俺たちの軽トラックを吹っ飛ばすには充分な装備だった。


「逃げろ! ジグザグに走るんだ」


 俺は運転席と荷台との間にあるしきりに手をかけ、運転手に向かって叫びつづけた。


 後続のトラックが吹き飛んだのを見て、必死の形相でハンドルを切っている。


 あと五十メートルも進めば、前方の丘を越えることができる。

 運転手は、なんとしてもそこにたどり着こうともがいた。


 俺の背後で、エテが動いた。


 ふり向くと、荷台の羽目板を外し、そこから武器を取り出している。


「用意がいいんだな」


 俺は軽口を叩いた。


 しかしエテは返事をしない。

 黙々と簡易ロケット・ランチャーを組み立てている。


 画像認識照準装置が装備された対戦車ロケット砲だ。

 エテは揺れる荷台に片膝をつき、無表情のまま照準を定めた。


 無造作に引き金を絞る。


 砲のファインダーに映し出される映像は、引き金が引かれると同時に、ロケット弾内部にあるRAMへと転送される。


 ロケット弾は画像解析を行いながら飛翔し、対象物体へとまっしぐらに突っこんでいく。


 軽戦車の砲塔が、ガクッと傾いた。

 それで終わりだった。



 戦車を黙らせたのに安心した運転手が、トラックの速度を落とした。


「逃げるぞ!」


 俺は大声を出して怒鳴った。


 戦車は突然に攻撃を仕掛けてきたのだ。

 どこかで俺たちの情報が漏れているに違いない。


 すぐにも、もっと強力な追手がかかるのは目にみえていた。


 トラックはふたたび遁走を開始した。


「どこから情報が漏れたんだ」


 誰に聞くでもなくつぶやく。


「あたしの仲間じゃないわ。どうせさっきふっ飛んだ、ろくでなしたちの仲間よ。あいつらの部下は大勢いたわ。さぞ置いてきぼりを喰らうのが嫌だったんでしょうね」


 エテはすでに黒煙しか見えなくなったトラックの方向を見つめている。

 あのデブの委員長や官僚とともに、大井もまた肉塊に変えられてしまった。


 あっちの運転手は、エテの仲間のはずだ。


 俺は死んで行った者に対しての悲しみは湧かなかった。


 それはエテも同じらしい。

 戦場では、死はもっともありふれた行事のひとつにすぎない。


 しかし……。


 俺はともかく、まだ少女にすぎないエテですらそう感じているのは、あまりに悲しかった。


「少しは気が晴れたか」


 俺はエテの肩を両手で抱いた。


 エテはそれを振り払った。


 一言、「なぜ?」と聞く。


 答を待つでもなく、ふたたび膝を抱えて座りこんだ。


「同情なんて、まっぴら」


 使い捨てのロケット・ランチャーをじっと見つめている。


 エテは俺に対し、多感な少女ではなく有能なゲリラとして振舞おうとしている。

 俺は安易な同情をかけたことを後悔した。



       ※※※



 葡萄講が見えてきた。


 火焔山の西端に、ひとかたまりの緑の野が広がっている。

 ちょっとした谷になっている部分に、延々と葡萄の棚が並んでいる。


 俺たちは谷へとくだる道へと差しかかっていた。


「時間だ」


 工作員が腕時計を覗きながら言った。


「止めて!」


 ひと呼吸たって、たまりかねたようにエテが叫ぶ。


 トラックが急停止すると、エテは荷台から飛びおりて斜面を駆けのぼった。


 工作員がすぐに後を追う。

 エテの足に飛びついて引きずり倒した。


「放してよ!」


 エテは指で斜面の土を掻きむしり、なおも這い上がろうともがく。


 頂上はすぐ上だ。


 道路の際に、ひとかたまりの岩が飛びでていた。

 その岩が、いきなり白熱した光輝を発した。


「ああっ……」


 ため息のような悲鳴。

 土塊をにぎり締め、エテはがっくりと顔を伏せた。


 光輝は一瞬で消えた。


 やがて遠雷のような響きが轟いてくる。

 幾度も木霊をくり返し、空気の壁となって周囲をゆるがしつづける。


 俺はトラックを降りた。

 自分の想像を確かめるために、頂上めがけてよじ登る。


 エテは倒れこんだまま泣きじゃくっている。

 工作員が俺のあとに続いた。


 頂上に立った。


 遥か遠くまでタリムの荒涼とした砂漠が見通せた。


 トルファンはすぐ近くに見えた。

 手を伸ばせば届きそうだった。


 そこに、禍々しい雲が立ちのぼっている。


 市街の南、ちょうどバザールのある場所に、資料でしか見たことのない原子雲がゆっくりと立ちのぼっていく。


「中性子爆弾だ。タワーの展望台に仕掛けられていた」


 工作員が横で独り言のようにつぶやいた。


「殺傷範囲は市街の四分の三程度、これで敵の降下部隊は、ほぼ殲滅できた。一般人の消耗は予定通り最低に押えたつもりだ」


「最初から知っていたんだな」


 俺は間の抜けた声を出した。


 工作員は「だれが?」と聞いた。


 俺の頭の中で、今朝のベッドでのエテの必死の奉仕がよみがえった。


 知らなかったのは俺だけだった。

 俺は男の質問には答えずに、自分の問いを発しつづけた。


「お前が仕掛けたのか?」


「いや。俺は起爆装置を活性化させるために派遣された。万がいちトルファンが攻略された場合、ゲリラと共同作戦をとるために留まるよう指示されていた」


「ヤズ……」


「あの子供はうまくやってくれた。爆弾を起爆させるためには、展望台の上にある送信塔に登らなければならない。誤爆を防ぐには、人間がスイッチを入れるのがもっとも有効な手段だ」


 男は作戦成功の握手を求めてきた。


 これで国に帰れる、と日本語で言った。

 男は日本人だった。


 たしかに俺は、命令された作戦の一部を完遂した。


 いや、全部かもしれない。

 死んだ二人の要人ですら、作戦を成功させるためのダミーだったのかもしれなかった。


 どうであれ、作戦成功は軍人としてもっとも賞賛されるべき出来事だった。


 俺はさし出された手を見つめた。


 男の手は、女の手のようにほっそりとしている。

 戦う男の手ではない。


 俺はさし出された手をはねのけ、おもいっきり男の顔をぶん殴った。



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 これにてタリムウォーズは完了です。

 ここまで読んでいただいた皆様、大変にありがとうございます。


そもそも、いつ書いたか当人すら忘れていた作品なので、カクヨムで公開できるものがないかSSD内の放置書庫をあさっていなければ、たぶん永久に陽の目を見なかったと思います。なので、読んで頂いた読者様がいるだけで大感謝です。


 こんな感じの作品が、まだけっこうSSD内に埋もれています。中には児童書までありました(笑)。

 

 じつのところ、羅門祐人としてのデビュー作は角川スニーカー文庫なのですが、原稿的には、国土社の児童書『光の戦士シリーズ』のほうが先だったりします。児童書はのんびり出版なので、結果的に角川に先を越されたわけですね。


 そのため児童書の次作を模索していた頃、すなわちデビュー前後の作品となるわけで、自分としてはなかなか懐かしかったりします。


 ということで、もちろん新作や続編も書いていきますが、こういった作品もぼちぼちと公開していこうと思っています。ではでは。

                           羅門祐人



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タリムウォーズ 羅門祐人 @ramonyuto

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