第6話 共闘



 岩城小隊長から、邪魔だから撤収しろと命令された。


 邪魔とまで言われたら、もうここに居座る理由もない。

 腰から屈折スコープを取って、ヘルメットに装着する。


 スコープの先端だけを間隙に突き出す。


 すぐにバイザーの四分の一が、投影スクリーンに切りかわる。

 横になったままなので、映像は九十度回転していた。


 敵は俺の反撃が無くなったのに安心して、戦車の前面に展開しはじめている。

 

 レーザーライフルにくっついている擲弾筒に、煙幕弾を装着する。

 射角を高くとって、着弾までの時間を長くする。


 引き金を絞った。


 ……ボン!


 ちいさな発射音とともに立ちあがる。

 クルリと踵を返して中腰で遁走を開始した。


 十メートルほど走った頃、敵集団とこちらの中間地点に煙幕弾が炸裂した。


 濃厚な広域波長吸収煙が立ちこめる。

 これで敵のレーザーはあらかた封じた。


 しかし発射点はすぐにバレる。


 俺がさらに三メートルも進まないうちに、もと居た場所はレールガンによって粉々に粉砕された。


「無茶ですよ!」


 二百メートルほど後退し、同僚の二人と合流した。

 すぐに岩城隊長に連絡を入れる。


 そうしたら、あきれた指示を喰らった。


『もう一度だけ言う。川瀬と大井はトルファン市街まで威力偵察に出ろ』


 たった二人で、四十キロもの威力偵察など聞いたこともない。


「理由を言ってください。なんでまた、こんな時に」


 俺は食い下がった。

 あとでこっぴどく殴られるかもしれないが、それよりも命のほうが大事だ。


『トルファンが敵空挺部隊の強襲を受けた。軽装備の部隊だが、我々の主力がこっちに釘付けになっている以上、どうしようもなかった。

 師団司令部は、すでに葡萄溝方面へ撤退した。いずれトルファン駅でこちらと合流する。我々は火焔山を抜けて、ベゼクリク守備隊と共に敵を迎え撃つ』


「火焔山を越えさせるんですか!」


『上層部の決定だ。お前たちはトルファンに潜入後、一般要人の脱出を掩護しろ。通信は市内に潜伏しているゲリラ組織を通じて行なえ。以上』


 通信は一方的に切れた。

 堅物の少尉らしい命令だった。


「聞いたかよ」


 俺の問いかけに、大井が情けない笑顔で答える。


 大井はいちばんの下っ端……二等陸士だ。

 従うしかないという表情をしていた。


 俺は言葉を続ける気力もなくし、ずっと後方にある補給部隊にむかって歩き出した。



       ※※※



 町まで十キロの地点で、三輪オフローダーを捨てた。


 ちっぽけなローダーに乗せられる荷物など、たかが知れている。

 携帯無線機と、それぞれに予備の短銃身突撃ライフル一丁だけ。


 対戦車装備もなしに砂漠を突っきれ、と?

 まったく正気の沙汰じゃない!


 レーザー用のバッテリーパックは、予備を含めて二個に絞った。

 どうせ町でゲリラと合流すれば、そこで調達できる。


 目立たないようにと、セラミック・プロテクターすら捨てた。


 一般用ライフジャケットに着がえると、俺たちが軍人だという証拠は、首に下げた認識IDチップだけになった。


 ヘルメットの代わりにのターバンを巻く。

 妙に風通しがよくなり、丸裸で砂漠に放り出されたようで心もとない。


 太陽は砂の地平を黄色く染め、やがて沈んだ。


 急速な闇の訪れと共に、気温もまた一気に落ち込んでいく。


 足もとでは絶え間なく、ピチピチと砂が収縮崩壊する音が鳴りひびいている。

 俺たちの足音を消しながら、砂漠はゆっくりと生長していく。


 さっきから、トルファンの街明かりが目の片隅にちらついている。


 しかしそれを見つめることは、夜の砂漠での視界をみずから捨て去るようなものだ。


 目さえ馴れれば、砂漠はけっこう明るい。

 月などなくても、砂による星明かりの反射だけで視界確保には充分だった。


「時間は?」


 大井二等陸士の耳を引っぱって、こそこそとつぶやく。


「2027です」


 待ち合わせ時間まで、あと三分。

 しかしあたりに人影はない。


 前もっての無線連絡で、ウイグル族のゲリラ組織が迎えに来てくれるはずだったが。


「2030です」


 大井が機械的に夜光時計を読み上げる。


 ふいに右手の砂の堆積の中から、二人の人影が現われた。

 彼らは砂に埋もれて、ずっと前から潜んでいたのだ。


 俺は慌ててレーザーライフルを構えた。


「キム(だれだ)!」


 我ながら、情けない誰何だった。


「ガオチャンチェンゲ・バライ・デイメン(高昌城に行きたんだが)……」


 彼らは合言葉を口にした。


「カンチェ・ブル(いくら払う)?」


 俺は教わった通りに返答した。


 男たちがゆっくりと近よってくる。


「お待ちしてました。川瀬さんですね」


 顔じゅう髭面の、初老の男が口をひらいた。

 ひどく鈍った標準タリム語だ。


「私はアファンティ。こっちの若いのはラプラ。戦闘隊の班長のひとりで頼りになります」


 ラプラと呼ばれた若者は、するどく光る瞳を持っていた。


 直感的に、こいつは信用できる奴だと思った。

 幾度となく死線をさ迷った者だけが持つ、澄みきった荒々しさがにじみ出ている。


 ラプラはほんのわずかうなずくと、背中を見せて歩き出した。


「町の南にまわりこんで、旧交河飯店の場所からバザールに入ります。敵はトルファン賓館を臨時司令部にして、北と東に睨みを効かせています。南は無防備です」


「隠れ家は?」

「着けばわかります。ここで教えるわけにはいきません」


 アファンティの言うことは理に叶っていた。


 着くまでに敵に捕まった場合、俺たちが口を割るかもしれないと思っている。


 自分以外は親子でも信じてはならない。

 こと情報に関してはそれが徹底して叩きこまれる。


 彼らは優秀なゲリラだ。

 俺はそう思った。


 さらさらと、足もとで砂が崩れていく。


 ライフジャケットを着込んでいても、氷点下まで下がりつつある気温が身体を凍えさせる。


 しかし派手な行動やよけいな動きは禁物だ。

 一歩一歩、必要最低限度の動きで、ゆっくりと町をまわりこんでいく。


 ライフジャケットは体温の流出をほとんど防いでくれる。


 もし敵の奴らが暗視装置で監視していたとしても、顔ですらターバンで被った俺たちを発見することは、ほぼ不可能に近い。


 唯一の危険は、昔ながらの偵察隊との遭遇だけだった。


「町の情勢はどうなっている」


 俺は沈黙にたまりかねて口を開いた。

 しばしの静寂のあと、アファンティがやっと聞こえる声を出す。


「どこに散布聴音マイクが仕掛けられているかわかりません。お気をつけて。敵はまだ混乱しています。とりあえず司令部を確保したくらいで、本格的進駐は機動部隊との合流後に行なうつもりでしょう。今は降下連隊だけです」


「市民はどうしてる」


 俺は声をひそめて言った。


「ここあたりの住民は戦争慣れしています。敵の降下と同時に、非戦闘員の半数は葡萄溝に疎開しました。残り半分……動けない老人や我々、それに敵に迎合する小数の裏切り者を除いては、明日未明までには逃げ出すでしょう」


「あんまり露骨に人がいなくなるんじゃ、町の機能が維持できないんじゃないか?」


 俺は人々の割り切りように呆れた。


 それにはラプラが、苦笑を交えて答える。


「砂漠の民ウイグルは、もともと遊牧民族だ。人々のいる所に市が立ち、商売が生まれる。敵と商売したいやつだけが残れば、それでいい」


 なるほど。

 敵にとってもそのほうが危険が減って安心だろう。


 しかし都市ゲリラにとっては苦しい戦いになる。

 人の海にまぎれるのが都市ゲリラの基本なのだ。


 その海が無くなっては、隠れる場所がない。


「心配いりません。すぐに決着がつきます」


 俺の心配を見透かしたように、ラプラが自信ありげに告げた。


 だが、たかが小数のゲリラ組織が、どうやってプロの戦闘集団である敵降下部隊を排除できるのか俺にはわからなかった。


「さあ。あそこに入れば、もうすぐです」


 ラプラが先頭にたち、手を伸ばした。


 指し示す方向には、ぽっかりとした真っ暗な空間が広がっている。

 低い日干レンガの家並の向こうに、今は無人と化したバザール広場が見え始めていた。



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