第5話 異分子

 「他の会社の人間がサポートにくるから、もうバカ話はなしな」班長の川島が言った。違う会社の人間2人が、サポートにくる。

 班長の川島、僕、そして新人の迫田と宇野。そして、川島の所属する会社の上司の井口、立場は違えど、真剣に業務に向き合いながらも、ときに笑いあい支え合うチームが出来上がりかけていた7日目のことだった。

 「ちわーす。いい感じっすかー」眼光の鋭い30代のベテラン。他社からの配属の三田。そして、なにか申し訳なさそうにあとをついてくる40代の小川が来た。僕が驚いたのは、班長の川島が全く三田とも大川ともコミュニケーションを取ろうとしないことだった。

 「新しく来る2人は別会社の所属だから、余計なことはいうなよ。とくに給料のことや自分たちのは派遣会社の内容は厳禁だからな」そんなことを川島は言っていたが、三田は早速軽いノリで、川島の上司の井口に、大学はどこへ行ったのかや、ここの部署の前はどこへいて何をしていたのかなど、聞きだすかように話しかけた。真面目そうな井口も他社の人間をぞんざいに扱うことはできないようで、愛想よく対応しながらも、すこし焦っている様子だった。川島は全く会話に入ってこない。それどころか業務上、彼らに伝えなければ現場で困るようなことも伝えず、最低限の仕事の割り振りや、明らかに三田と小川が間違って道具を持っていきそうになったときだけ、事務的に対応するのだった。対して三田と小川も、この現場に過去にも来たことがあるようで、それなりにわかっている様子である。そして、業務の装備や準備をテキパキとこなす。流石に他社での経験が長いようで、プライドも持っているようだ。迫田と宇野も彼らなりに空気を読んでいるのか、目を伏せてずっと静かになってしまった。

 これは、確実に川島が2人を避けていのだなと、自分は感じ取った。おそらく川島も上から他社の人間とはあまり親しくしないように言われているのかもしれない。過去にも現場を同じにしてソリが合わなかったのかもしれない。しかし、これで困るのは現場にいる全員だ。これでは、空気が重い。業務だってギスギスしてやりにくい。結果、意思疎通ができなくて、様々な業務に支障が出て困るのはここにいる全員だ。僕は、ドキドキしながらも、またすぐに自分を取り戻した。

 簡単な話だ。ここにいる全員を癒やせばいい。誰を責めることもせずに深呼吸を始めた。いや正直、いろいろな瞬間に、誰か責めてしまうことはあった。なぜ、この人は今一番必要なことをしないのであろうか。立場があるのは分かるが、そこまで他人に冷たくする必要はないだろう。なぜ、仲良くするより分離を選ぶんだ。そういった思いがよぎった次の瞬間、自分はそれを払拭した。そして、心の中で一人ひとりにヒーリングを送った。ときに一人ずつ、ときにそこにいる全員に。

 誰かにヒーリングを送るのは、僕が生涯で発見した一番の大きな能力だと革新している。そして、それは至極シンプルなのである。自分が好きな人間にヒーリーングを送るのは容易い。そして、好きではない人間に対しても容易い。なぜなら、その人を癒やしより良い存在にするように願う行為だから。誰にだってできる。そしてするべきだ。そして、それをしないで誰かを責めた自分がいる瞬間が、我を忘れた瞬間なのだ。自分はただ、どんな人に対しても、どんな生命に対しても、どんな存在に対しても、ヒーリングを送り続ければよいのだ。

 「おい、返事がおせーんだよ小川。お前ほんと苛つかせるな」三田が小川に対して、冷たい言葉を放ったときでさえ、自分は一瞬だけギョッとしたものの、すぐに2人に対して、そしてその空間にいる全員に対してヒーリングを送った。僕の心は踊っていた。この凍っているような空間は次第にとけ、温かくなる。人は多くが恐怖という幻想をベースとして生きている。自分を守るために他者を落とす、他者をはねのける。しかし、それは本当にただの幻想だ。全て愛で包めば良い。全て愛でひっくり返せば良い。僕はヒーリングを送り続けた。

 幸運なことに、業務中、予期せぬトラブルが起き、各々がミスをした。そして、助け合わなければならない状況が生まれた。少しずつだが、それぞれがコミュニケーションを図りだした。全く関わろうとしなかった川島も、次第に三田に歩み寄った。迫田と宇野は小川に気を使って話しかけた。午後には皆が、微笑みだした。異分子と思われるものが入ってバラバラとなりかけた自分たちは、また一つのチームとなることができた。いや、それは新たな力が加わったより、強力なチームだった。

 無事に業務を終え、駐車場に歩く。そこには、所属会社や上下関係に関係なく、皆で気さくに笑い合う仲間がいた。


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