第21話 刺さって抜けない音

 刺激が強いというよりも猛毒とも言える奏空さんのあれを見せる訳にはいかないので、僕は智晴と政貴くん、祢虎くんを連れて買出し班になることにしました。


「ねえ、祢虎くん貸してくんない?」

「貸すも何も僕は無関係なんですが」


 みんなを「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と呼ぶように指定された祢虎くん。素直にその通りに呼ぶものだから、主に女性陣がときめきの嵐に襲われ始めたのでした。

 そんな祢虎くんを独り占めしようとしているのが亜咲香さんです。


「虹輝くんに叱られますよ」

「そこをなんとか」

「どうしたいですか、祢虎くん」


 振り返って問いかけてみると、彼はごにょごにょと、それでも嫌ではなさそうな態度でした。


「まあ、本人が望むならいいと思います」

「あの……いってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


 髪をくしゃりと撫でてあげると、驚いたようでしたが拒絶はされませんでした。


「お兄ちゃん、私も」


 いくつになっても甘えん坊な智晴が寄ってきたので、ついでに政貴くんも、と思ったのですが流石に逃げられました。


「焼きそばと、フランクフルトと、みんな、あと何を食べたいんでしょうね」

「……人形焼、とかどうですか」

「ああ、いいですね」


 屋台の物はよく考えたらどれも高くて普段なら絶対に手を出そうとは思わないもの。ですが祭りの雰囲気が財布の紐を緩めるのでしょう。


「気も緩みますしね」

「奏空さんのあれは通常運転ですけどね」


 いつもよりちょっと激しかったかにも思えますが。と、話していると日暮さんがやってきました。


「私も混ぜて」


 甘い声で言われるとどんなことでも許してしまいそうになります。まあ、彼女は無茶ぶりとかしてこないのでなんでも許容できるんですけど。


「りんご飴だけじゃないんだねー」

「いちごやパインなんかもありますね」


 程よく酸味のある果物と飴の相性がいいのでしょう。


「……射的」


 ぽそっと政貴くんが呟いたので視線の先を見てみると、直也くんが前のめりになって景品を狙っているところでした。


「ああいうのって大体倒れないようになってるよね」

「まあ、すぐに倒れるようでは赤字になってしまいますしね」

「だけどそれを倒したい」


 日暮さんがうずうずしています。トレーディングカードゲームが上手だとは聞いたことがあるのですが、他のゲームもやるのでしょうか。


「やってみますか?」

「折角だしね」


 的を射ることに関してはお手の物でしょう。四人で屋台に向かうと、直也くんがこちらに気付いたようでした。


「おーい、お前たちもやるかー!!」

「ええ、是非」

「あ、ここどうぞ」


 弥生くんが場所を譲ってくれました。


「わ、結構重いんだ、これ」


 しっかりとした作りのコルク銃に驚きながらも、日暮さんはクマのマスコットに狙いを定めました。ふ、と息を吐いて発射。見事命中したものの倒れません。


「もーちょい上」


 金色の長い髪をした店主が欠伸をしながらそう言いました。


「上……」


 もう一発。狙いはよかったのか、マスコットが少し後ろに下がりました。


「やってみていいですか」

「あ、はい、どぞ」


 政貴くんがコルク銃を受け取って片手で構えました。様になってますね。


「こういうのは、倒すより押してくもんだと……」


 放ったコルクはクマの耳に当たって、クマが少し揺れました。


「わあ、上手」


 智晴が可愛らしく褒めています。こういう時は素直に言葉にした方がいいのでしょうか。


「日暮さんも、上手でした」

「ふふ、ありがとう」


 屋台の灯りのせいか、ほんの少し彼女の頬が染まっています。


「やっぱり難しいですね、これ」


 何度かみんなで挑戦してみましたが、結局クマは倒せずじまいでした。


「あ、おみくじありますよ」


 手作り感満載の可愛らしいおみくじを見つけて、智晴が駆けていきました。すぐ後についていった政貴くんと二人で引いて、それを開いています。


「恋、叶うだって」

「……もう叶ってる」


 二人の仲は家族公認ですから。


「いいなぁ……」


 ちょっと唇を尖らせて、日暮さんが羨ましそうな声を上げました。


「そういえば、日暮さんが引いたおみくじもこれですか?」

「え、あ……うん」


 確か虹輝くんが覗いていたはずです。


「あまりよくなかったんですか?」

「そんなことないよ。でも、あんなにはっきりとは書いてなくて」

「気にすることないのに」


 僕はそっと日暮さんの手を握りました。


「もう叶っているでしょう?」

「まあね」


 彼女が嬉しそうに笑ったので胸が温かくなりました。ふと政貴くんが空を見上げます。何事かと思って空を見ますが、特に変わった様子はありません。


「……雨降るかもしんないですね」

「え、うそ? 晴れてるのに?」

「風が冷たくなったから」


 そうは言っても、どこか蒸し暑さはあるものの風はあまり感じません。


「ねえ、みんな。もしかしたら雨降るかも。風冷たくなってきてる」


 下駄をカラコロ鳴らしながら駆けてきた奏空さんも同じことを言いました。


「たぶんすぐすぐ降らないと思うけど、みんな集合して帰る準備した方がいい。結構くるよ、これ」

「だ、そうだ。奏空の雨予報、結構当たるぞ」


 実家が農家だったから、というのが奏空さんの言い分でしたが、真相はわかりません。ただ、政貴くんも同じように感じているので、何かあるのでしょう。


「それぞれ解散でもいいけどどうする?」

「とりあえず雨が降りそうなことは伝えないとですよね」


 スマホを取り出してグループメッセージに『雨が降り出しそうです』と送っておきました。それと同時に、雨雲が近付いていますとの通知が届きます。


「すご、ホントに降るんだ」

「そう言ってんじゃん。もっと詳しく時間言おうか」

「それで当たったら怖いから言わないで」


 問題児と生徒会長。相容れぬ二人といった感じでしたが、当時はともかくとして今はとっても仲良しです。


「既読ついた?」

「……まだですね」


 みんな祭りを楽しんでいるのでスマホを見てはいないのでしょう。


「ちょっくら探してくる」

「集合場所決めて連絡してくれ」


 二人が別々の方に歩き出しました。


「どうしましょうか」

「花火の会場なら、わかりやすいのでは? それに、帰る方向にありますし」

「そうだね。雨に当たったらますます透けちゃうよね」


 少し触れにくい内容で同意するかどうか迷いました。浴衣はそもそもの生地が薄いので光が当たったりすると体のラインが透けて見えるものです。そのまま着ればの話ですが。


「……早く帰ろう」


 政貴くんは透けるという言葉に眉を寄せました。まあ、彼女のそういうのは見られたくないですよね。


「……ちょっと想像した?」

「いいえ、全く」


 にっこりと微笑みを返すと、日暮さんは可愛らしく頬を膨らませました。そういうことを聞かれて答える僕ではありません。真実がどうであれ。


「お嬢ちゃん、可愛いね。お兄さんと遊ばない?」

「そっちのお姉さんも」


 こういう時、男って空気か何かだと思われるんでしょうか。智晴の腕を掴もうとした手を政貴くんが、日暮さんの手を掴もうとした手を僕が捕まえます。


「一昨日来やがれ」

「失せなさい」


 迷惑な男性たちはそそくさと逃げていきました。


「……かっこいい」

「……惚れ直した」


 呟く二人。


「それは何よりです」


 さあ、帰る支度を始めましょうか。

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