第20話 気持ちよくするから

「晴斗くん、あれ買って」


 花火の後、奏空が指差したのはチョコバナナだった。


「なんで俺が」


 とか言いつつ財布を出してるのは誰だよ。全く、晴斗は本当に奏空に甘……待て、チョコバナナ?


「その細かくなってないやつがいい」

「これのことか?」

「それそれ」


 待て、待てよ晴斗。よく思い出せ。


「ま、マシュマロの方がいいんじゃないか?」

「ええ、チョコバナナがいーのー!!」


 駄々をこねるな20歳児。


「まあ、いいだろ。すみません、これください」

「あいよ」


 ああ……買ってしまった……


「なんでそんな必死なの?」


 司がりんご飴をはむはむしながら問いかけてくる。何それ可愛い。


「いや……その……あいつは……」

「いただきまぁす」


 よっぽど食べたかったのか、受け取るなり口を開いてちろりと舌を出した。カラフルなチョコスプレーを一つ一つ舐めとって、ふにゃふにゃの笑みで頬に手を当てる。


「おーいしー!!」


 それから、湿った唇でゆっくりと挟む。


 ちゅ、ちゅぱ、ちゅるる、んちゅ。


「っ、くそ……マジでお前……っ」

「……忘れてた」


 明らかに狙っているとしか思えない濡れた音。これをわざとではないと言い張るからタチが悪いんだこの歩く18禁はっ。晴斗がこめかみの辺りに手を当ててため息を吐いた。そこで直也がポンと手を打つ。


「そういえば奏空はチョコバナナのチョコしか食べないんだったな!!」

「チョコバナナの意味ないじゃん!?」

「バナナそのものが嫌いなんだよ、奏空は……」

「残ったバナナどうするんですか、それ」

「チョコを舐めた部分より少し多く食べて後は晴斗行きだ」

「付き合ってるんだっけ……?」


 間違いなく付き合ってる(個人の見解です)。


「ん、やっぱり美味しくなぁいぃ」


 チョコを舐めとった部分より少し多めの部分を齧りとった奏空が苦い顔をしている。


「ったく……仕方ないやつだな」


 残りを大きな口を開けて食べ、割り箸を歯で挟んで奏空の手から抜き取った。


「……付き合ってるよね?」

「間違いない!!」


 弥生の言葉に直也が大きく頷いている。


「ねー、あっついー」

「かき氷……はやめとくか。屋台のは量が多いしな」

「頭キーンするのやだー」


 暑さにやられている奏空の顔が真っ赤になっている。


「あっちにアイスありましたよ。買ってきましょうか」


 智景にそっと目を覆われていた智晴が明るい調子で言う。


「アイス食べるぅ、っとと」

「もうふらついてるな。悪いが買ってきてくれるか?」

「了解です」


 奏空を近くのベンチに座らせて、アイスを待つ間扇子で扇いでおいた。


「お待たせしました。わわ、奏空さん溶けちゃってる」


 アイスじゃなくてか?


「はい、補給補給」


 智景が差し出したアイスを、ぐでっている奏空の代わりに晴斗が受け取った。


「ぁ……」

「一気に食べると頭痛くなるだろ。ゆっくりな」

「ん……」


 んちゅ。溶けて垂れ出したアイスに吸い付きながら、奏空はとろんとした目で晴斗を見上げた。


「……いや、いい。礼は食い終わってからで」


 ちょっと気まずそうに目を逸らす晴斗。


「ナニ想像してんだえっち」

「誤解だ」

「元凶は奏空さんだと思います」


 それは間違いない。


「ん……ふぁ……や、ぁう……んんっ」

「射的とか型抜きとか色々ありましたよ」


 智景がスマートに未成年組を連れて去っていく。グッジョブ紳士。


「……こんなに扇情的にアイス食べる人いるんだ」

「司にあれやられたら耐えられないと思うからやめてくれよ」

「やるわけない!!」


 司が真っ赤になって俺の背中を強めに叩いてきた。俺は悪くないのに。


「んん、ふぁ……も、いっぱ、い……」


 口の端から零れていたのも舐め取り、奏空は満足気に微笑んだ。


「……私も食べよっかな、フランクフルト」

「おっと、通報通報」


 下心丸出しだぞ、亜咲香。


「……え、なに、何でそんな目で見るの?」


 しらーっとした目で見られていることに気付いたのか、奏空が困惑している。


「奏空、アイスを食うのはいいが、俺たちの前だけにしとけ」

「え? あ、うん」


 納得はいかない様子だったが大人しく頷いている。下手すりゃ捕まるぞ、お前。


「ああいうのがいいんだ」


 背筋が凍るような冷たい声色。司、頼むから腰の肉掴むのやめてくれ。結構痛いんだよそれ。


「そんなこと言ってないだろ」

「目が語ってる」

「あれは司だったらって考えて」


 やべ。


「……バカじゃん」


 司がそっぽを向いてしまった。ごめんなさい。でも男なら仕方ないんです。


「…………家でなら」


 消え入りそうな声。


「ご馳走様でした」


 いや、もう、その言葉だけで満足です。


「なんつーか……すごい友達だね」

「自分はまだそんなに付き合い長くないんですけど、まあ、すごいですね」


 あはは、と乾いた笑いの恋。


「ところで、トールチャンネルって朗読してるんですよね。聴いてみたいんですけど」


 恋が琉生に言うと、彼はポケットからスマホを取り出した。


「垂れ流しは流石に恥ずいんで、これで」


 琉生は有線のイヤホンを取り出してスマホに挿す。左は自分に、右を恋に差し出してスマホを操作している。


「このタイプ久しぶりかも」

「まあ、今は無線が主流っすよね。あ、これが智景さん? の作品っす」


 一つのイヤホンで繋がって肩を寄せ合い画面を見ている二人。なんか、急に純愛物語っぽい。さっきまでのはなんというか官能的だったからな。うん、微笑ましい。


「いい声じゃん」

「あざっす」


 いい感じの雰囲気の二人にふらふらと歩み寄る人影。酔っ払っているようだ。二人に気付いていないようでぶつかってしまいそうになっている。声がけをしようとした所で、さっと新たな影。


「おっちゃん、ふらついてると危ないよ」

「おっと……悪いね、お嬢ちゃん。そこのベンチまでいいかな」

「もちのろん。支えてるからそのまま歩いて」


 アイスを食べて完全復活した奏空が男性の腕を肩に回させて腰を支えてベンチまで連れていく。さっきまでふわっふわのとろっとろだったお前はどこに飛んでった。


「おっちゃん一人? 誰かと一緒?」

「それがよぉ……ついさっき、女に振られちまってよぉ……」

「それで酒かぁ。ダメだよ、程々にしなきゃ」


 男性の介抱を奏空に任せて、俺は恋と琉生の二人にもう少し端に寄るように伝えた。画面に夢中になっている恋の肩を抱いて屋台の間に入る琉生。


「……俺たちも他の屋台見に行くか?」

「あたしは、別になんでも」

「じゃあ、行こう」


 手を取って歩き出す。


「ちょっと、もう少しゆっくり……」

「え?」


 少しふらついた司の足元を見てみる。


「もしかして痛いのか?」


 近くのベンチに座ってもらって下駄を脱がせる。


「傷は出来ていないか」

「ちょっと歩きにくかっただけだから」

「履きなれてないとキツいよな、確かに」

「アンタは慣れてんの?」

「……まあ、あそこじゃ和装も多かったから」


 家、と呼ぶことは出来なくてぼかした。


「……今度見せてよ」

「写真ならあるけど」

「そうじゃなくてさ」


 しゃがみこんでいるからか、司が俯くと逆に顔が良く見える。それに気付いた司が空を見上げた。


「制服とか、スーツとか、そんなんばっかりだから」

「……もしかして、デートのお誘い?」

「バカ」


 照れ隠しの暴言を甘んじて受け入れ、下駄を浅く履き直させる。


「とびっきりのを用意しとく」

「……うん」


 ああ、なんだか楽しみだ。あれ、でも。


「今日もデートだよな」


 思いついてそれを口にすると。


「……ばーか」


 少し甘い声で、司はぽつりとこぼした。


「……あのさ、」

「ん?」

「あれ……奏空さんの、やつ。ほんとにやってほしい?」


 ちろりと覗いた舌に、ぞくりと震えたのは不意打ちのせいか興奮のせいか。


「……そういうの、反則」


 キツく抱き締めて肩口に顔を埋める。


「二人っきりの時に、お願い」

「         」

「……バカ」


 囁かれた言葉に、それだけ言うのがやっとだった。

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