声が聞こえる

誰かの何かだったもの

——記憶の外に、犯人がいた。

「……殺したのは、俺だと思う」


刑事・神田の目の前で、自首してきた青年がそう言った。

青年の名前は倉科陸。大学三年生。

彼の告白は曖昧だった。動機も覚えていない。凶器の場所も言えない。ただ「自分が殺した気がする」と繰り返すだけだった。


一週間前、大学の構内で女子学生・狩野瑠璃が絞殺体で発見された。倉科は彼女の元カレであり、数か月前に揉めて別れていたという。

だがアリバイがあった。彼は事件当夜、友人たちと通話アプリで深夜までゲームをしていたという。


神田は違和感を覚えつつも、捜査を続けた。



倉科は精神科で治療歴があった。

「幻聴が聞こえることがあるんです」

それも最近ひどくなっているという。


「どんな声だ?」と神田が問うと、倉科は震えながら答えた。


「女の人の声です。『殺したの?』って、ずっと言ってくるんです」



事件から十日後、決定的な証拠が見つかった。

被害者の爪の間に残された皮膚片のDNAが、倉科のものと一致した。

これで決まりかと思われた。


だが神田の胸には、小さな棘が残ったままだった。



ある晩、神田はふと思い立ち、倉科のスマホをもう一度調べた。

履歴の一つに、削除されかけた音声ファイルがあった。

復元ソフトで開いてみると、そこには微かな会話が残っていた。


《ねえ、陸。もし私が死んだら、どうする?》


《なんだよ急に》


《ちゃんと、後悔してくれる? 忘れないでくれる?》


それは、狩野瑠璃の声だった。



法医学の再鑑定で、決定的な矛盾が浮かび上がった。

爪の間のDNAは“倉科”のものだったが、時間が一致しない。

事件推定時刻よりも12時間以上前の接触痕だったのだ。


つまり――倉科は事件当時、現場にいなかった可能性が高い。

だが彼は確かに“自分が殺した”と思い込んでいた。



神田は再び倉科を訪ね、こう問いかけた。


「お前に、瑠璃の“声”が聞こえるのはいつからだ?」


「死んだ翌日からです。でも……」

倉科は言いにくそうに言った。

「その声、時々スマホからも聞こえるんです」



神田は背筋が凍るのを感じた。


その夜、倉科が使っていた古いスマートスピーカーを持ち帰り、専門機関で調べさせた。

結果、音声操作ログの一部が異常に書き換えられていた。

一部のコマンドが「ユーザーの音声ではない第三者によって」実行されていたのだ。



そして、最後のピースが揃ったのは、

被害者の自宅に設置された防犯カメラの記録が偶然復元されたときだった。


画面に映っていたのは、狩野瑠璃の「ルームメイト」だった。

大学の同期。仲が良かったとされていた、ある女性の姿。


彼女は倉科に好意を寄せていた。だが叶わなかった。

狩野が倉科に復縁を迫ったことを知り、嫉妬に駆られた彼女は――

狩野を殺し、スマートデバイスの音声データを改ざんし、倉科に“幻聴”を聞かせ続けていた。


あの音声ファイルも、編集された“記憶の偽造”だったのだ。



数日後、ルームメイトは任意同行中に自白した。

「彼が、私を選んでくれたらよかったのに……」



「なあ、陸。まだ聞こえるか?」


最後に神田がそう尋ねると、倉科は静かに微笑んだ。


「もう、聞こえません」


自分を責めていた“声”は、自分の罪ではなかった。

だがその事実が、逆に倉科の心に深い傷を残したことを、神田は知っていた。


真犯人は別にいた。

けれど、「声」は、彼の心に確かに巣くっていたのだ。

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